第四十二話 カロリナの懺悔
ハーブの話を終えたカロリナが顔を俯けた。
「その……お話を聞いて下さって、ありがとう」
楽しげな雰囲気から一転して、何かに耐えるようにぎゅっと手を握りしめる。
話しかけてはいけないと感じさせる様子にティーリアも口を噤んだ。
「……わたくしは、貴方を信用してもいいの……?」
しばらく沈黙を保ったカロリナの口からそんな言葉が漏れた。一瞬驚いたがすぐに優雅に微笑む。
「それは……、わたしには答えられません。カロリナ様が決めることです」
俯くカロリナの表情は見えない。躊躇いがちな吐息が何度も漏れた。
「……少し。昔のお話をしてもいいかしら」
「ええ」
手をきゅっと握り、カロリナは顔を上げた。
「わたくしね、仲良くしていた侍女がいましたの。わたくしは不器用で、他の子より覚えが悪かったんですの。そんな時はいつもその侍女に泣きつきました。いつも頭を撫でてくれるその手が大好きでした。けれど、わたくし、は。その侍女に……裏切られましたわ」
一瞬、呼吸の仕方を忘れた。その状況には覚えがあったのだ。少し、違うけれど。心を許していたものに手酷い裏切りを受けた―――姉、シンティアに。
カロリナは痛みを堪えるように目蓋を閉じた。
「内通者だったんですの。わたくしの目の前で捕らえられましたわ。信じたくはありませんでした。けれど、狂ったように笑う、あの人はっ……優しかったあの時とは別、人っで。嫌でも理解しましたわ」
声に涙が混ざり、ティーリアは溜まらなくなった。
「もういい。もう良いですカロリナ様っ。分かりましたから、辛いなら……やめて下さい」
カロリナはゆるく首を振った。
「お願い。聞いてほしいんですの。被害を受けた貴方には」
譲らない想いをその金の双眸に宿したカロリナはまた話し始める。
「しばらく何も考えられませんでしたわ。心が麻痺していました。全てが信じられなりましたわ。けれど、手を差し伸べてくれる人がいましたの。わたくしは何も考えずその手を取りました」
カロリナは紅茶を口に含み、息をはいた。
「その人は言いました。わたくしには見る目が無いのだと。だから、全て私に委ねて下さいと。カロリナ様は優秀ではないのだから間違うのは仕方ない。けれど、それは嫌でしょう? と。わたくしはええ、と答えましたわ……」
カロリナの指す、その人がなんとなくティーリアには分かった。恐らくカロリナの両脇に常に居るハンネローレ・ドゥルデンか、マリアンネ・ラーマだろう。
「その人の言うことを全て信じてその人の言うとおりにしましたわ。そうしたらお友達がたくさん出来ました。わたくしはそれが正しいのだと信じてしまった」
でも、それは間違いだったのですね。カロリナは悲しげに微笑んだ。
「疑惑はいつもありましたわ。けれどせっかく出来た友人が離れていくのが怖かった。自分の意見なんて信じられませんでしたの。……愚かでしたわ」
「カロリナ、様……」
「貴方と二人で出会って、色々考えましたの。それで、こっそりと今まで嫌がらせをしていた人たちを観察しましたわ。……とても、悪いような人には見えませんでした」
胸をそっと押さえた。
『お願い。聞いてほしいんですの。被害を受けた貴方には』
初めのカロリナの言葉が反芻する。
あぁ。これは懺悔なのだ。悲しくて、苦しい。彼女の懺悔。
「わたくしはまだ、弱いのです。だからすぐには受け入れられません。けれど、向き合おうと思います」
その双眸は揺れながら、けれど奥に強い光を秘めていた。
ティーリアはカロリナの手を取った。
「大丈夫。焦らないで下さい。どうしても怖くなったらわたしの所に来て下さい。いつでも、力になります」
「……どうしてっ、酷い事をしたのに……そんな事をいって下さるの……!」
だって、そんな状況ならばカロリナの周りには頼れる人がいないではないか。それなのに、向き合うという彼女の強さを眩しいと思った。
カロリナの涙をハンカチでそっと拭いた。にっこりと微笑む。
「自分の弱さを知った人はきっと強くなれます。気が付いた貴方はもう十分強い。これ以上無理して壊れないで」
「あなた、は……っ、お人好し、すぎます、わ……」
ボロボロと涙を流すカロリナを抱きしめた。その背をただただ撫でる。
しばらく泣いたカロリナはゆっくりとティーリアから身を離した。
「ごめんなさい。わたくし貴方にどうしても、聞いてほしくて。貴方なら、受け止めてくれると思って」
「謝らないで下さい。話して下さってとても嬉しいです」
カロリナは涙の滲む顔で笑った。
とても、綺麗な笑みだった。
※ ※
「えっ、カロリナ様、お一人でいらっしゃったんですか!?」
カロリナを送り出そうと扉を開けると誰も居なかった。ティーリアはてっきり、入ってきたのこそ一人だが近くに侍女が控えていると思ったのだ。
「あら、貴方だって、一人で歩いていたでしょう?」
「それとこれとは話が別ですと何度も……」
ため息が漏れそうになった。
「侍女はどうなさったんです?」
「貸していますの。そうですね……それも、間違っていたんですわね」
今気づいたという様に、呟く。悲しげな様子にティーリアはそっと近付いて手を握る。
「お送りします」
「……それだと貴方が一人になりません?」
ラーラリアは先ほど用で出て行ってしまった。
「大丈夫です。前も言いましたけどわたし色々持っていますし、いざとなさったら精霊もいます」
今は殆ど、ルトさえも出払っているがそう言う。
精霊術が使えなくともティーリアには身を守り、他を守る術はある。
ティーリアの実家ファンレーチェは剣と魔の一家だ。大国ルロニア建国時にその力を使い、今の王族を導いたからこそ、三家しかない公爵を賜っているのだ。残念ながらティーリアはその才能にあまり恵まれなかった。だがそれはファンレーチェの人間としては、という意味でそこそこの騎士なら相手取れる自信もある。
だが、勿論それを言う訳には行かないので腕の魔道具をシャラシャラ振り、水の下位精霊であるイオに力を借してもらい、水を出してみせる。
「……では、お願いしてもいいかしら?」
「ええ。少し待って下さいね」
一応周囲の警戒を下位の炎精霊サーラとイオにお願いした。
何もないと思っているが念を入れて、短剣を袖に入れ、細剣をスカートの裾に隠す。
「行きましょう」




