第三十六話 見上げる月
シリアス気味なお話です
ティーリアはベットの上で手を伸ばした。
夢を見た。いつも見る姉、シンティアが語りかけてくる夢ではない。もう戻らない過去の夢。
過去にしては鮮やかすぎるくらいの色彩を持つその夢はまるで何かを伝えようとしているかのようだった。
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「……―――こし」
「おねえちゃん、なにかいった?」
強い雨が降っていた日だった。
雷が苦手なティーリアはここ何日も降っている雨が嫌で、それを魔道具を使ったシンティアとの会話で零したらシンティアが遊びに来てくれたのだ。ごうごうと窓に雨粒が打ち付けられる音でシンティアが何と言ったのか聞き取れず聞き返す。
「あと少しって言ったんだよ」
外を見つめていたシンティアがティーリアの方を向いて口元に笑みを浮かべた。感情の分からない笑み。いつも穏やかに微笑むシンティアのこんな微笑は珍しい。
どうしたの? そう尋ねようとしたが、シンティアはこれ以上話すつもりはないというように微笑むだけだった。
あと少し。心の中で繰り返す。
何が、だろう。
雨足は強くなるばかりで止む様子はない。雨の事ではないのは明らかだった。首を傾げるとぽんと手が乗せられた。シンティアは窓の方に向き直る。
「こうしていられるのもあと少し」
―――え?
シンティアの顔をみようとしたが乗せられた手のせいで顔があげられない。
底知れぬ不安が生まれる。
「ど、どうして?」
何かがおかしい。乗せられた手をやや乱暴に取ってシンティアの顔を見上げる。
「……どうしようもないから」
いつかの様に、瞳を暗く陰らせたシンティアは外をきつく睨みつけていた―――。
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そして数日後、事件は起こる。
悲しみと、絶望に満ちた「悲嘆の十字架」の事件。取り戻せない苦しさと引き裂かれるような痛みを植え付けていった。
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─────
噂を聞いて、会話して、その悲しみに触れてシンティアの事を知ったような気になっていた。ティーリアの前で無邪気な微笑を見せてくれるようになったからシンティアを救ったような気持ちになっていた。
愚かだった。どうしようもなく高慢だった。どうしてそんなことを思えたのだろう。
後悔してももう遅いのだ。会話はいつも聞き役、シンティアは自分の事は話さなかったのに。悲しみだってほんの一端に触れただけだ。ぬぐい去れないようなそれに微かに暖かさを落としただけだったのだ。
シンティアの状況なんてこれっぽっちも知らずに。ただ自己満足の中途半端な優しさだけ重ねて。自分がいかに恵まれていたのかなんて真に知っていたわけではなかったのだ。
事態はティーリアが知るほど甘くはなく。
酷く残酷で冷たい物だった。
もう少し。ほんの少しでもそれを分かっていたのなら。何か変わったのだろうか。
ティーリアは伸ばした手をゆっくりと下ろした。そのまま手をそっと胸の前に置く。伝わってくる固い感触は十字架の首飾りのものだ。
(わたしは―――ティーリア。ティーリア・ファンレーチェ)
大国ルロニアの三家しかない公爵、気高きファンレーチェ家の次女。
その誇りを忘れたことはない。
(わたしはティーリア・ファンレーチェ。大好きなお姉ちゃんの、シンティア・ファンレーチェの、妹)
いつまで偽っていればいいんだろうか。真実を話したい人がたくさん出来た。だから、今まで以上につらい。
(お姉ちゃん、早く帰ってきて……)
ティーリアはまだ帰ってこない人を想って月を見上げる。
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