九本目
ざあんざあ
びゅうびゆ
その日は朝から止むことのない雨と空を切る耳障りな風が村を襲っていた。
もちろんおじいの小屋ではうらもりの樹がざばあざばあと風と雨に煽られて悲鳴を上げている。
「おじい。この小屋、大丈夫か」
六朗太は雨風の音に負けないような大声で、おじいに話しかけた。
おじいの耳は日に日に遠くなり、今では真横で大声を上げない限り聞こえない。
学がないおじいには筆談もできるわけがない。
それは六朗太も同じこと。
もっぱらしぐさで話をして、通じないときは大声になる。
なんだかおじいを怒鳴りつけているようで、六朗太はおじいに声をかけるたびやるせない気持ちになった。
その間にも雨と風は容赦なくうらもりの樹を痛めつける。
ざばあざばあ
ざざざざざぁーん
さすがに樹も小屋を守りきれなくなったようで、ときおり小屋がぎぎぎと軋み、ざああと盥をひっくり返したような雨が小屋の薄い屋根に落ちる。
何年かに一回はこんな天気にもなると、おじいは笑って藁を編んだ。
六朗太はいくらおじいが安心しろと笑っても、うらもりの樹がいつもよりも酷く鳴いているのが気になった。
そわそわしだした六朗太を、おじいは仕方がないとばかりに編み終わったばかりの蓑と笠を六朗太に手渡した。
「森も雨で滑りやすくなっている。川はこの雨で流れがきついし溢れるかもしれんで、川の方には行くんじゃない。それが守れるなら森に行け」
まるで五つの子供を心配するかのように、おじいは言った。
実際のところ、六朗太はもう十五。
一人前の森の番人だ。
出歩かなくなったおじいの代わりに生計だって立てている。
けれどもこういうときのおじいの言葉はいつだって六朗太を安心させる。
まるで以前のかくしゃくとしたおじいが戻ったようで、六朗太はこくりこくりと何度も頷いては、緩んだ頬をおじいにみせないようにした。
手渡された蓑を素早くきつけると、傘を被って小屋を出た。
とたんにごうと風が強く吹き付ける。
大粒の雨が頬を嬲る。
五本の大きな樹は、雨と風に負けまいと幹や枝をしならせて、必死でそこに立っていた。
六朗太は大きな幹に手を当てて、がんばれがんばれと声をかけた。
そうするとどうだろう。
まるで六朗太の声が樹に届いたように、六朗太のてのひらがあたっているところがぼうと温もった。
六朗太はそれに満足すると、次の樹にもがんばれがんばれと声をかける。
そうするとその樹もまたぽうと温もった。
そうして一本、また一本と声掛けすると大丈夫だとばかりにてのひらに温もりが届く。
最後の一本に手を当てる。
がんばれ、がんばれ
ところがその一本は、六朗太がいくら声をかけても返事がない。
五本の中では一番大きく立派な樹だというのに、覇気を感じられなかった。
六朗太は首をかしげたが、ぐずぐずしていると雨風が酷くなる。
気にはなったがやることは多い。
六朗太は風で飛ばされてしまったものがないか小屋の廻りをぐるりと回り、古い小屋の弱いところを突貫で直すと、いそぎ森へと入って行った。
どうしてあんとき、うらもりの樹をちゃんと調べておかなかったのかと、後から後悔することも知らずに。