八本目
六朗太がひとつ歳をとると、おじいもひとつ歳をとる。
当たり前のことだが、それが六朗太には酷く切なく感じるようになってきた。
森の子と呼ばれる六朗太には、森の恩恵は人より多く施される。
いや、本当はそうではない。
六朗太の尋常ではない記憶力と森に対する愛情が、六朗太を森の人と呼ばれるほどに成長させたのだ。
そのおかげでおじいが森に入らなくても、生活は安定するようになった。
森に入らなくなったおじいは、番人という大切な役目をいつのまにか六朗太に譲り、自分は日がな一日うらもりの樹の前で、何かを祈っているようだった。
六朗太が森に入るときにはうらもりの樹とおじいに挨拶をして、帰ってくるとおじいは朝見た時と同じ姿勢でそこで待っている。
いつのまにか下り曲がった身体は、六朗太が覚えているかくしゃくとしたおじいとはまるで別人のようだった。
―――まさか、まだ早い
おじいは日ごろから身体は朽ちても魂は森に帰ると言っていた。
六朗太は、うらもりの樹を見上げて、まだおじいを森に連れて帰らないように祈った。
小さくなったおじいは、うらもりの樹に何を祈っているのだろう。
「六朗太。そろそろ考えてはくれんか」
いつもの商人が現れた。
最近ではおじいを相手にすることはなく、直接六朗太に話を振ってくる。
それ一つとっても、はたからみたおじいの力なさを伺えるってもんだった。
いつも一人で来る商人は、その日に限って連れ立っていた。
独りで来るな、二度と来るなと六朗太が言った娘―――庄屋のお京だった。
ごう
不愉快な声でうらもりの樹が鳴いた。
まるでうらもりの樹が六朗太の気持ちを代弁しているようだった。
「六朗太さん。どうか一緒に街へ行きましょう」
「お京ちゃん。一体何を言うんだ」
「お京さんと二人、街でやっていくくらいの稼ぎはある。だから安心して儂についてくればいいんだよ」
この二人はいったい何を言っているんだ。
六朗太は呆れて何も言えなかった。
六朗太を欲しいと言いながらも、二人が二人とも六朗太の都合などお構いなしに言ってくる。
おじいのことなど見向きもせずに。
自分達の都合だけを押し付けて。
「何を勘違いをしているのか。街で働きたいなどといった覚えはないし、祝言を上げるつもりなどありもしない」
「今はまだそういっているけれど、若いんだからいつしかこんな辺鄙なところに居続けるわけでもないだろう。森へはもちろん仕事をしに入ってもらうが街でも働いてもらいたいんだ」
「それはそっちの勝手な言い分だ。ここを離れるつもりなど毛頭ない」
六朗太は二人を冷たく見据えると、地面に置いていた籠を背にひょいと背負ってくるりと向きを変えた。
小屋の裏のうらもりの樹の前には、おじいが小さくなって座っている。
その横を挨拶をして通り過ぎると、森の中に迷うことなく入って行った。
後に残された二人は顔を見合わせて、コクリとうなづきながらこっそり隠し持っていた道具を取り出してごそごそと何かし始めた。
おじいはぴくりとも動かない。
随分と耳も遠くなったようだ。
二人は好都合とばかりにおじいを横切って、うらもりの樹の一番大きく立派な樹の前にでた。
カーン
森に響くその音は、しばらくやむことがなかった。