六本目
六朗太が薪を背負いきれないほど積み上げて、それでもふらつくことなく颯爽と歩いて帰ってきたのは、昼も過ぎたころだった。
いつものようにうらもりの樹に手を添えて感謝の祈りをささげていると、後ろから声がかかった。
「六朗太」
最近とみに多くなったその声色を出すおじいを見るのが、六朗太には辛かった。
そもそも六朗太さえ引き取らなければ、おじいがこうやって困った顔をすることはなかっただろう。
六朗太はちいさく息をつくと、おじいの心配を取り除くような笑みを浮かべて「ただいま」と言った。
「今日は誰が訪ねてきてる?」
「それがな」
めずらしくおじいが言い淀む。
年をとってすっかり増えた皺も、いつもよりも深く刻まれている。
「六朗太さん」
小屋の陰から一人のおなごが、六朗太とおじいの間に割って入ってきた。
まだ髪も上げてはいない成人前の小さな娘。
男の前に出てきても恥じらいなどまだまだ無縁の、よく知った娘が六朗太の前に出てにっこりと笑った。
「お話があるのです」
「どうした、お宮ちゃん。ここまで一人できたのかい?」
六朗太はおじいの声色を聞いてからこわばっていた顔をゆるめて、幼馴染の娘に笑いかけた。
六朗太は自覚がない。
自分が笑うとまだ成人していない娘だとて平静ではいられなくなる。
お宮と呼ばれた娘も、ぽっと頬に紅をさした。
けれど口調は小さな娘に対するもので、六朗太が他の大人と話している時と比べると随分と柔らかくなったのには不満だった。
「はい。今日はどうしても聞いてもらいたいことがあったので、一人でこちらに参りました」
「そう。じゃあ薪を下ろすから少しだけ待っててもらえるか」
森の子といわれるだけあって、みかけによらず力が強い六朗太だったが、それでも人と話すときに荷物を背負ったままというのはいただけなかった。
己の高さの倍ほどもあるのではないかと思うほどの薪を、こともなげにあっさりと下ろすと、小屋の横に綺麗に並べながら積み上げていく。
形の綺麗な奴は別にとりわけて、村や街のものに売る。
その作業は手慣れたもので、そんなにお宮を待たすことなくやり終えた。
「さて、わざわざここまでやってきて話そうって言うんだ。とても重要な話なんだろう?ちょうどうらもりの樹の前だ。大切な話だったなら森の神様にも聞いていただこう」
六朗太としては庄屋の娘が共もつけずに森の端にある小屋までやってくるのだから、精一杯の敬意を表しただけだったんだが、娘はそうは受け取らなかった。
―――えてして娘とは自分の都合のいい方になんでも受け取ってしまうもの。
この時のお宮はまさにそのとおりだった。
六朗太の言葉に朱が入った頬がさらに赤くなり耳まで真っ赤になってしまった。
そしてぱくぱくと口を開け閉めしたかと思うと、俯いた。
「ん?どうした、お宮ちゃん。話があるんじゃなかったか」
「あ……あの。うらもりの神様の前で話すということは、よい返事をもらったということですよね?」
「……返事?お宮ちゃん。返事をしようにもまだ話を聞いていないから何の事だかさっぱりだ。返事は話を聞いてからしよう」
六朗太はわけがわからなかった。
それはそうだろう。
普段はおじいと二人きりの暮らしで、言葉の裏を考える必要は全くない。
おなごと接する機会も少なく、どう考えているかなんて分かるわけもない。
小屋までやってくるのは森の恵みが欲しいものか、六朗太に碌でもない話を持ってくる輩ばかり。
だいたいおなごが一人で男しかいない場所にやってくるなんて普通はあってはならないことだ。
特に庄屋は娘を可愛がっている。
変なうわさがついて娘が傷ものになるなんて、許すはずがない。
それなのに共もつけずに一人でやってきたと、目の前の娘は言う。
そうして話も聞いていないのに返事をもらったとわけもわからないことを話しだす。
六朗太はさっさと話を聞くだけ聞いて、嫁入り前の娘に変なうわさが立たないように村に戻すにはどうしたらいいか考えなければと頭を悩ました。