五本目
すたすたと足早に歩く六朗太に小走りで追いかけた男は、途中、草履の鼻緒がぶちんと切れてすってんころりと見事にこけた。
どすんと地面が僅かに響いて六朗太の足を止める。
いらただし気にため息をつくと、六朗太はそのまま歩き去ろうとした。
「ま、待ってくれ。いくらなんでもそれはひどいじゃないか」
男が地面に這いつくばりながらみじめな格好をわざととって、六朗太の関心を自分に向けさそうとした。
六朗太は顔をふうと上げ、さらに大きくため息をつくと男に向きなおって言った。
「鼻緒をすげかえる麻ひもぐらいもっているだろう。みたところ怪我もないようだ。それなのに何をどうして俺を酷いといえるのか、わからん。俺は先を急ぐ。では」
くるりと向きをかえる六朗太に、男は焦って言い募る。
「酷いじゃないか!俺の話の返事もくれん。街に行くのに待ってもくれん!それのどこが酷くないってんだ」
男は自分が出す声に感情を持っていかれて、余計に自分がひどい扱いを受けていると思うようになった。
随分前から六朗太にはお金を使って沢山の物を渡してきた。
快く受け取ったことはないけれど、それでも突っ返されたことなどない。
こういう奴ほど腹黒くてがめついんだ。
まるで自分は高潔だとお高くとまって、話を伸ばし伸ばしてとことんがめつく儲ける気だ。
魂胆なんて丸見えだ。
今日だって都で一流だといわれる鍛冶師にわざわざ作らせた鎌を持参したんだ。
そろそろいい返事をもらってもいいころ合いのはずなんだ。
男は懐の鎌を着物の上からなであげると、一番いい時を見計らって六朗太に差し出そうと思っていた。
だけど六朗太は男の言い分になど聞く耳はもってない。
街の朝市で茸をいまかいまかと待っている商人に遅くなって申し訳ない気持ちしか持ち合わせがなかった。
「何をどうしたらそうなるのか。俺は先を急ぐから、朝市にくるんならゆっくり来るといいだろう」
今度こそ六朗太は男が何を言っても振りかえることなく、足を速めて街へと急いだ。
茸の代金は、足腰が痛いと言い始めたおじいのために街でよい薬を求めるつもりだった。
六朗太には家族はおじいただ一人。
甘えさせてはくれないが、六朗太はおじいをとても尊敬している。
だからこそ、六朗太自身で稼いだお金でおじいを少しでも楽させてやりたいと、六朗太は思うのだった。