四本目
六朗太はその日、朝早くから森に入り、近くの街の朝市に持っていく茸を集めていた。
今日も傘が開ききる前の茸が沢山収穫できた。
六朗太はおじいの教えをきっちりと守って、群生があったとしても全部採ることはせず、かならず次が育つようにとある程度採り残す。
そうしてその場所を小さな頭の中にきっちりと覚え込んで、来年を目指すのだ。
とうとう籠いっぱいに茸が採れたと、六朗太はいつものように森を抜け、小屋に多いかぶさるように茂っている五本の樹にお礼を言う。
「今日も恵みをありがとう」
単純だけれどこうして森に感謝をすることで、森の子などと森に失礼な名前を付けられたことを少しでも償えたらと思っていた。
もちろん言葉の通り、森に感謝をすることは絶対に忘れない。
六朗太は手荒れを知らないすべすべの手を幹に添わせて、感謝の祈りを樹に何度も送った。
「六朗太」
背中越しにおじいが困ったように声をかけてきた。
こういうときは碌でもないことが六朗太を待っている。
最近おじいがこの口調で話しかける時は、たいてい六朗太目当てによその輩が居座るときだ。
六朗太はおじいに申し訳なく思いながらも、こっそりと小さくため息をつく。
昔のおじいなら腹の底から声を出してひと睨みすれば追い返すことが簡単にできたのに、おじいはだんだんと弱くなっている。
六朗太はかくしゃくとしていたころのおじいを覚えているだけに、このところ急激に衰えていくおじいを悲しく思った。
それでも気を取り直しておじいの後を歩いていくと、やっぱり小屋には呼ばれてもいない人間が胡坐をかいて待っていた。
「おお!六朗太。待っていたよ。その背の籠は茸か?ああ、ああ、相変わらずよい茸を採ってくる。それを残らず買い取らせてくれ」
間髪いれずに話しだす男は、六朗太の嫌そうに歪んだ顔を見ることなく、下ろされた籠の中を覗き込んで値段を付け出した。
「これは向こうの街の朝市に持っていく分だ。いくら高値を出されても渡せない。もし本当にいるんなら、街まで行って朝市で買ってくれ」
「何を馬鹿なことを言ってんだ。ここで手に入ると分かってるのに遠い街まで行く必要があるってのか?」
「ある。これはもう持っていくと約束したものだ。途中からの横どりはいただけない」
六朗太はそういうと、たいした休憩もとることなく朝市に間に合うようにと街へ急ぐ。
今日こそ色よい返事をもらおうと、六朗太のために持ってきた高価な道具をおじいに見せていた男は、慌てて道具を風呂敷に包んで胸元にしまいこむと、六朗太の後を追いかけた。
「待ってくれ。俺の話の返事をくれんか」
男は大声を上げても、六朗太は歩く速度を落とすことなく足をくりだす。
ざわり
うらもりの五本の樹が、風もないのに鳴いている。
それは不愉快な男がここからいなくなったことを喜ぶような声でもあり、これから起こる何かのための前触れの声だったのかもしれない。