三本目
人の噂というものは、矢よりも早く届くらしい。
うらもりの樹の番人小屋に、美しい森の子が住んでいると噂されるようになったのは、六朗太が一人で森に入るようになったころだった。
たしかに六朗太はおなごであれば都から大店の若旦那でも嫁取りに来そうなほど美しく整った顔をしていたが、六朗太は男。線が細くて力仕事には全く向かないような器量の持主だったが、その実、背負ったら腰を痛めそうなほどの量の薪を軽々と持ち運ぶことができるほどの力持ちでもあった。
森の子とはうまい名付けをされたものだと後々おじいは笑ったものだ。
もちろん森の子といわれる所以は、力が強いという意味ではない。
六朗太が一人でうらもりに入るようになってから、短い時間で籠いっぱいの木の実や茸を摘んでくる。それも木の実はとても甘く、茸は探し出せることも稀なしめじや松茸といった変わり種を摘んでくるのだ。
だから村よりもっと高く買い取ってくれる街へ卸しに行くこともざらになったもんだから、美しい森の子を実際に見たことがある人がどんどん尾ひれをつけて、村から街、街から都へと噂が流れていくことになった。
そうすると、今度は美しい森の子を見物に、あちこちの村や街、はては都のお役人まで鄙びた村にやってくるようになった。
おじいと六朗太は呆れて相手などしなかったが、それでも小屋までやってきて、無遠慮に上がり込もうとする輩には辟易していた。
特に小金を持っている人間は厚かましい。
おじいも六朗太も今の森を相手にした生活に十分満足しているというのに、貧相な小屋を見ては美しい森の子に相応しくないと決めつけ、あれやこれやと勝手にものを押し付ける。
森と対峙した生活には華やかな着物や一目で上等とわかる草履など、全く必要がない。
うらもりの五本の樹がおじいの小屋を守ってくれてはいたが、持ち込まれた数々の調度品で小屋が中から軋んでしまいそうにもなっている。
どんなに断っても勝手に持ち込み置いていかれると、おじいは嘆息した。
そんなおじいを六朗太は申し訳なく見るしかなかった。
「いっそのこと、売ってしまおうか」
そうすればこの生活に満足しているとはいえ、最近弱ってきているおじいが少しでも楽になるのではないかと思い、六朗太はおじいにそう提案した。
けれどおじいは首を縦に振らない。
「勝手に押し付けられたとはいえ、もともとは儂らのもんじゃねえ。これはあいつらが忘れていったもんだと思ってる。だからそんなこと、考えるだけ無駄ってもんだ」
ただなあと言葉を濁すと、おじいは粗末な小屋に不釣り合いで場所をとっている品々をぐるりと見廻しては扱いあぐねていた。




