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十八本目


 五本目のうらもりの樹の下で、六朗太は森で摘んだ花を供えた。

 おじいを想って拝んだ後に見上げた空は蒼く、澄みきっていた。

 どこまでも蒼く高く広がる空は、六朗太の今の心の内を表しているようだった。

 けれどそれは、後ろを振り返ったとたんに消え失せた。

 お京がなんでか落ち着きがない。

 いや、それよりもここから逃げたそうにそわそわとしている。


 ごう


 うらもりの樹がお京を責め立てるように鳴いている。

 その度にびくりと身体を震わせて、こわごわしているもんだから、六朗太は腑に落ちない。

 おじいが死んでからこっち、お京の行動はおかしいの一言に尽きる。

 六朗太に合わせてここまで来ることはあっても、びくびくしているのが目に見えて分かるのだ。

 うらもりの樹には寄りつこうともしない。

 六朗太が森に入るときや戻ってきたときは、うらもりの樹に祈ることを知っているはずのお京。

 つい先日まではなんの怯えもなくうらもりの樹に祈っている六朗太の横に立っていたはずのお京。

 それがいったいどうだ。

 ここにきて、いきなりお京の態度も、うらもりの樹もざわついている。


 ―――いやまさか。けれど、でも。


 心の奥底で燻っていた疑念の火が、ごうと強く火吹き竹で熾されたように勢いを増して六朗太の心を支配する。


 ごう


 うらもりの樹はまるで炎に吹き付ける息のようだ。


 ごう ごう ごう


 風が葉を擦る度に、枝が風で軋む度に、熾された火は強く燃え上がる。


 ごうっ


 「ああ、こんなところに!六朗太さん、探しましたよ」


 ぜいぜいと喉を鳴らしながら現れたのは、今朝がたまでやっかいになっていた商人だ。


 ごうっ ごうっ ごうっ


 うらもりの樹が今までにないほどに叫び始める。

 六朗太の炎はこれまでにないほどに熱くなった。


 「なんだこりゃあ。風もないのに樹がざわつくなんて、気持ちが悪い。お嬢さんも調子が悪そうだ。さっさとこんなとこから引きあげましょうや、六朗太さん。……六朗太、さん?」


 風はいつのまにか凪いでいる。

 それなのにうらもりの樹は叫び続ける。

 いや、それどころか。


 六朗太は、自分の瞳の中から炎が産まれたんじゃないかと思うほど、目が(たぎ)っているのが分かった。

 あまりの熱に、倒れ落ちるかのように身体がふわりと揺れる。

 あわててお京が支えようと六朗太に手を差し伸べようとするが、その手を見向きもせずにうらもりの樹に手をつける。

 いつものふうわりとした温もりは、今は届くことがない。


 ごうっ ごうっ ごおうっ


 狂おしいほどにうらもりの樹は叫び鳴く。

 けがれる、けがれる、けがれると、叫んでいる。

 手のひらから伝わる初めてのその感情が、六朗太を支配する。




 ―――そうか。そういうことか、おじい。




 次回は最終話です。

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