十六本目
六朗太は途方に暮れた。
商人の言うとおり、無理やり置いて行かれたものだとはいっても、はたから見れば受け取ったと思われても仕方がない。
それにその品もすでにないから返しようもない。
それなら受け取った分を金に換えて返せばいいが、そんな算段が六朗太にできるわけもない。
小屋も確かになくなった。
おじいも亡くなった。
庄屋にやっかいになっているものの、お京をみればこのままここに居続けるとどういうことになるか目に見えている。
商人の言うように街にいくことも考えようか。
ごう
うらもりの樹の声が六朗太の考えをぶったぎるように聞こえてきた。
それはまるでその考えがよいことではないと、うらもりの樹が教えてくれているようだった。
「……考えさせてはくれないか」
諦めたような、それでいて思案しているような声に、商人は心の中で勝ったと喜んだ。
今までだったらにべもなく断っていただろう六朗太が、考えさせてくれとまで言ってきた。
これはもう御爺が亡くなったからに他ならない。
小屋が亡くなったからに他ならない。
あの日、お京と二人でうらもりの樹までいった甲斐があったっていうもんだ。
「なんだ、歯切れの悪い。今すぐだっていいんだよ。二人で新しい家を探したっていい。ああそうだ、そうしよう。六朗太さんの好みの家が見つかるかもしれないからね。どうだい、直ぐにでれるかい?」
「二人?私ももちろん一緒に行きます。だってもう私と六朗太さんは夫婦になると決まっているんですから」
この言葉に六朗太は唖然とした。
お京と夫婦になるなどと、言い合った覚えも決めた覚えも何もない。
いまはここで世話になっているが、それももともとはといえば小屋が出来上がるまでという期限付き。
小屋を作ると言うことは、森の番人に戻ると言うことだ。
庄屋の一人娘であるお京と夫婦になどなれるよしもない。
「なにをいっているんだ、二人とも。俺は街にはいかないし、お京ちゃんとも夫婦になるなんて決めてもいない」
「そんな!だって、六朗太さんは私を好いてくれているではありませんか。おそばにずっといても、朝起こしに行っても嫌がらないではありませんか。お父さまだって六朗太さんと夫婦になることを条件にこの家に入ることを許してくれたんですよ。今さら夫婦になれないなんて、私の評判に傷がついてしまって売れ残ってしまいます」
「今の今、考えるといったばかりじゃありませんか。どうせ庄屋さんの家にいたってやることはないんだから、ちょっと足を延ばして街までいってもばちは当たりませんよ。……それに街に行く途中でうらもりの樹に寄って行けば一石二鳥ってもんでしょう。御爺の墓参りにもいけるってもんですよ。それに街まで行ったら小屋に必要な道具や森に入るのに必要なものも全部買えますよ。お金がないなんてケチくさいこと言わないでくださいよ。ええ。そんくらい私が出して差し上げますから、一緒に行きましょう」
「そうですよ。御爺の墓参りは毎日行ったっておかしくはないですし。それに街の帰りがけにうらもりの樹に寄れば、御爺に花の一つでも手向けることができますよ」
おじいに花……?
そんな考えなど終ぞ思いつかなかった六朗太は、その言葉に魅かれた。
森の中で生きてきたおじいだからこそ、うらもりの樹と一緒に歩んできた人生だからこそ、灰をうらもりの樹の根っこに撒いてきた。
そうすることが自然に思えたからだ。
だけどもおじいに花を供えるという死者に対する手向けすら思いつかなかった自分を、今はただ単に恥じた。
「そうだな。花は必要だ」
ぼそりとつぶやいた声を、商人もお京も聞き逃さなかった。
ここぞとばかりに二人は、考え込んでいる六朗太の手を取り足を取って街に出向く支度をさせると、まだ朝早くだったことを喜んで、そのまま街へとつれ立った。




