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十五本目


 それでも一度浮かんだ疑念は、簡単には六朗太の頭から離れなかった。

 庄屋の家に戻っても、あいかわらず甲斐甲斐しく六朗太の世話を焼くお京は、いつしか六朗太の嫁気取りだ。


 「六朗太さん、おはようございます。起きていらっしゃいますか」


 六朗太が間借りしている庄屋の離れを、いい年頃の娘だというのに平気で朝からやってくる。

 障子を開ければ、お京はきちんと正座して、それでも起きぬけの六朗太をちらりとみては頬を染めて横を向く。


 「お客様がお見えです。ぜひ六朗太さんにお会いしたいと」

 「……なぜ。俺はここを間借りしている身であって、わざわざ会いに来るものなどいるわけもないというのに」

 「いえ。六朗太さんに以前からお目通りしたいと願っていた方です」


 そう強く言うお京を訝しげに見るものの、客とあっては待たしておけるわけもなく、六朗太は身づくろいをして離れを後にした。


 「これはこれは。いつの間にやらここにお住まいとか。よい身分になられたな」


 もろ手を挙げて六朗太を歓迎した男は、なんのことはない、いつも煩く言ってきた街の商人だった。

 六朗太は眉をひそめる。

 商人はまるで六朗太を庄屋に婿入りしたかのように話すからだ。


 ごう


 どこからかうらもりの樹の鳴く声が聞こえてきた。


 「ところで六朗太さん。以前にお話ししたことは覚えていらっしゃるかね」

 「……なんのことだ」

 「おや。すっとぼけてくれるじゃないか。私だってただであんなにものを渡してきたわけじゃない。六朗太さんがいい返事をくれると信じてたからいろんな贈り物をしてきたんだ。いちどだって返してもらったことなんてないよ。全部六朗太さんと御爺が受け取ってきたもんだ。それをまさか、お忘れか」


 忘れるも何も、こっちがいらないから持って帰れと言っても無理やり置いていったものではないか。


 六朗太は、顔を顰めた。

 毎度毎度、置いて行かれたものを追いかけて突っ返せばよかったのかもしれないが、六朗太のいない時にも勝手にやってきて押し付けていくからたちが悪かった。

 それを今言われても、商人の品物はもうない。

 うらもりの樹が小屋を押しつぶし、雨風が中のものを濡らして飛ばして無残にしてしまったからだ。


 「六朗太さん。受けとっときながら、そのままってのはいただけないね。ちゃーんとこっちのことも考えてもらわないと。ちょうど小屋も御爺もなくなったことだ。ここらでひとつ街に来ないか。なあに、寝る場所はここよりももっと立派なところを用意する。なんてったって、六朗太さんのことはこの村どころか街、もしかしたら都にだって知れ渡っているに違いない。下手なところには住ませられないからね」


 商人はもうそれが決まったことのように、つぎつぎと六朗太の街での生活がどんなに素晴らしいものになるのかということを言って聞かせた。


 ここまでくるのに随分と金も時間も使ったんだ。

 御爺と小屋というしがらみが無くなった六朗太は、もうこっちのもんだ。

 六朗太ほどの美貌があれば、愛想がなくても十分人寄せになるってもんだし、六朗太さえいれば森の恵みは全部まるっと手に入る。

 珍しい茸も木の実も、手に入りづらいものだって簡単に見つけられる六朗太は、金のなる樹だ。

 今まで使った金以上の金を簡単に稼いでくれるだろう。

 六朗太がどんなに嫌がったって、こっちの言い分の方が正しいんだから、すぐにでも街にくることになる。

 さあこれからは、十分に稼がせてもらおうか。


 商人はその長けた口で、六朗太を今度こそ手に入れようと、言いくるめようとしていた。


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