十四本目
六朗太はしばらく使いもんにならなかった。
たったひとりの身内が死ねば、誰だってそうなると、庄屋は六朗太に同情した。
甲斐甲斐しくお京は六朗太の世話をする。
六朗太は何も考えず、それを受け入れてはいた。
けれども一週間、二週間と日が経つにつれ、六朗太の目には力がもどってきた。
おじいの魂は森に、身体は煙になって天に、灰になって地に返す。
六朗太はおじいの灰を地に返していないことを思い出した。
するといてもたってもいられなくなって、お京が留めるのも聞かず、うらもりの樹の下に駆けていく。
四本になった、うらもりの樹。
おじいの灰を風に飛ばされることなく、そこに留めておいてくれたのは、うらもりの樹だった。
六朗太は、折れた樹の根っこのところに、おじいの灰を撒いた。
そうすることが一番いいと思ったからだ。
おじいの灰を撒き終わり、うらもりの樹に祈ろうと手を残された幹に添わそうとしたその時、六朗太は目を大きく見開いた。
―――なぜここに斧で切り込んだ跡がある
小屋側の方の幹には綺麗に切り込んで年輪が見えてた。
反対側は折れた幹らしくとげとげしい木片が見える。
―――馬鹿な。いくら嵐だからといって、こんなに大きく切り込んでいればぜったい気付く。木肌の色が目に飛び込む
六朗太は必死になって森に入る前に祈りをささげた時の樹を思い出そうとした。
一本目はいつもと同じに掌が温かくなった。
二本目、三本目、そして四本目もあったかかった。
けれど、けれど最後の五本目は。
五本目の返事はあったか?
いや、覇気も何も感じなかった。
俺はおかしいと感じてた。
だけども森が気になって先を急いだのではなかったか。
じゃあ、あんときから、もう五本目は。
「六朗太さん」
お京の戸惑う声が、背後から聞こえてきた。
「六朗太さん。もう帰りましょう。御爺もうらもりの樹の端に撒かれて喜んでいるでしょう。ですから、もうここは」
なんでかお京の声は震えていた。
お京がおじいを悲しんでくれるとは、六朗太は思っていない。
それなのになぜと、思い悩んでいるうちに、いつしか六朗太の頭の霧は綺麗に晴れた。
―――まさか。いやでもお京ちゃんは女子。庄屋の娘が斧など振るえるわけもない。
六朗太は晴れた頭で考え付いた結論を心の中で笑い飛ばした。




