十二本目
六朗太は動いていた。
人というものはどうしようもなく悲しくなると、そのことを考えないように動き続けるのかもしれない。
一晩中、嵐が通り過ぎるまで、六朗太はおじいの氷のような手を握っていた。
そうすれば温かさが戻るとでも思っているかのようだった。
そうしてようよう嵐が通り過ぎ、濡れた葉に朝日が反射してきらきら輝きはじめたころ、六朗太はやっとおじいから手を離して動きはじめたのだ。
ずぶ濡れになって張り付いた着物を気にも留めずに、黙々と壊れた小屋を片付け始める。
手初めには、おじいを押しつぶしたうらもりの一番太い樹だ。
普通の人なら一人では絶対に動かせない樹も、六朗太には造作もない。
これ以上おじいをつぶさないようにと細心の注意を払って樹を払う。
どおおおん
払われた樹が、最後に残っていた小屋の支柱さえも壊していった。
不思議なことに、おじいの亡骸はまったくの無傷だった。
苦しそうな顔一つせず、ただ安らかに眠っているようだった。
―――おじい
六朗太は小屋の前に積み重ねた小屋の残骸と共に、おじいの亡骸を丁寧に整えて安置した。
昨日までの嵐で水をたっぷり含んだ木は、火種を何度も起こしても、なかなか火が付かずに苦労した。 それでもなんとか火が回り始めると、六朗太はやっと自分の置かれた状況をのみ込んだ。
もうもうと舞いあがる煙は、うらもりの樹の高さよりももっと高く昇っていく。
おじいの魂はとうに森の中へ帰っていっている。
亡骸は燃やすことで天に、残された灰は地に帰ることができるだろう。
六朗太は最後の火が消えるまで、じっとそこに佇んでいた。
「六朗太さん」
耳障りな声が聞こえたのは、最後の煙が空に霞んだそのすぐ後だった。
「お京ちゃん、何しに来た」
声を出すのも億劫なほど、六朗太は疲れ切っていた。
そりゃあそうだろう。
昨日からちょっとも寝ずにおじいと最後の別れを惜しんでいたんだ。
いくら森の子と呼ばれるほどに尋常じゃない六朗太も、身体は鉛のようになり、心は何も響かない。
「煙が……煙が上がったので、心配になって」
「煙?ああ、そうだな。おじいが死んだから天に地に返したんだ」
「御爺が、……死んだ?」
六朗太はふいと顔をおじいの燃したあとに戻した。
ぱちんと最後の木が爆ぜる音がした。
森の番小屋はなくなった。
うらもりの樹も一本、なくなった。
六朗太の身よりもとうとうなくなった。
もう、なにも、残っていない。




