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十一本目


 泥がこびり付いて重たくなった足を引きずるようにしてなんとかうらもりの樹が見えるところまで戻ってこれたのは、あれから随分経った頃だった。

 盥をひっくり返したように振り続ける雨はやむことなく、暴力にも似た風は相変わらず樹々を痛めつけている。

 そんな中でも、六朗太は何かがおかしいと感じていた。

 おかしい、おかしいと、頭の中で何かが叫んでいた。

 いつもなら、ここまで来ると安堵をおぼえるはずだというのに、今日に限ってはそれがない。

 それもそのはず。


 ―――足りない


 六朗太は、痛いほどの雨の打ちつけに耐えながら目を見開いた。

 何度も、何度も。

 けれど何度その目を開いても、飛び込んでくる景色は同じだ。


 どんっ


 今までの中で一番強い風が、六朗太を直撃した。

 芯を失った身体は簡単に近くの樹に打ちつけられた。

 ずるずると支えを失った身体は簡単に崩れ落ちる。

 悲鳴が、嗚咽が上がりそうになった。


 「お……おじいっっ!!」


 まるで雷が走ったように、六朗太の身体はびくんと飛び上がった。

 なりふり構わず、ただがむしゃらに小屋まで駆けていく。

 荒れ狂う嵐なんて六朗太にはもう見えない。

 唯一その目に入ってくるのは、うらもりの一番立派な樹が根元から折れて、大事な大事なおじいのいる小屋をへしゃげさせている姿だった。


 「おじいぃぃっっ!!」


 嵐よりももっと凄まじい声が、うらもりの森を震わした。






 六朗太は呆然とその光景を見ていた。

 それは一瞬のことだったのか、それとも随分と経ってしまったのか、もう六朗太には分からない。

 時折雷様が稲光を発して、辺りをぎらりと光らせた。

 折れたうらもりの樹が、その光を受けて濃く影を作る。

 その影の下には潰されたおじいの小屋。


 ―――おじい。おじいを助けなければ。


 「おじい、おじいっ!返事をしてくれ!」


 瓦礫と化した小屋の板きれを、必死になって取り除く。

 ささくれた板が六朗太の手を容赦なく傷づける。

 六朗太に躊躇はない。

 おじいを見つけ出して助けなければという思いが、痛みをどこかに飛ばしていた。

 小さい小屋だ。

 囲炉裏を囲った板の間は、二人が寝ればもう場所がないほどの狭さだった。

 探す場所なんてあってないようなものだ。

 瓦礫を取り除くと見えてきたのは、しわがれたおじいの細い腕だった。


 「おじいっ!」


 大声で叫んでみても、もともと耳が遠いのだから聞こえるわけもない。

 六朗太はとっさに手を掴んだ。

 するとどうだろう。

 すでに腕は尋常じゃないほどに冷たく堅くなっていた。

 それは雨で濡れたせいではない。


 死がおじいの命の炎を消し去って、身体が冷えていったからに他ならなかった。

 


 


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