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一本目

 冒頭から飢饉の話がでてきます。 

 苦手の方は回避してください。

 

 六朗太には親はいない。 

 随分と前の飢饉のときに、おっともおっかも飢えて死んだ。

 六朗太はまだ赤子だったが、おっかが最後まで必死で面倒をみていたんだろう、おっともおっかも干からびてるんじゃないかって思うほどに骨と皮だけだったのにくらべ、六朗太はまだ肉がついていた。

 それを見つけたのはつまらない男の元に走った娘を、それでも不憫に思って探しだしたおじいだった。

 もうちょっと見つかるのが早ければ、おっともおっかも生きていたかもしれない。

 だけどもおじいが見つけた時はちょうど近所の人たちが六朗太の小屋から亡きがらを運んで山へ埋めに行こうとしていたときだった。

 近所の人の腕の中で、死んだとばかりに思われていた六朗太がぴくりと動いた時には、それはもう大騒動だった。

 泣く力もなにものこっていなかった六朗太には、乳をふくむ力もない。

 もしかするとこのままおっととおっかの後を追って死んでしまうんじゃないかと、周りの者は思っていた。

 ところがおじいが機転を利かせて、六朗太の乾いた唇にちょこんと水をおいてやった。

 するとどうだろう。

 小さな口を小さく開けて、水がするすると口の中に浸みいった。

 おじいはそれは喜んで、もう一度ちょこんと水を唇に置いた。

 六朗太はやっぱり口を小さく開けて、水が口の中に落ちるのを待っていた。

 そうするとしめたものだ。

 ゆっくりゆっくりと水を口に湿らせて、六朗太は生きながらえた。

 

 赤子だった六朗太は、おじいがひきとった。

 おじいには乳がでるはずもないから、赤子を無くしたばかりの近所の女に僅かながらの野菜と引き換えで乳をもらうことにした。

 女はちいさな六朗太に一杯飲めよと乳を押さえて口に含ませた。

 六朗太は初めは嫌がるそぶりを見せたが、次第に夢中になって吸いつくようになった。

 次第に赤子らしい丸みを帯びてくると、ごつごつして骸骨のような顔だった六朗太は、実はとんでもなく綺麗な赤子だったことが分かった。

 おじいは娘と生きうつしの六朗太をことのほか可愛がった。


 おじいの小屋は村はずれの森の手前にあった。

 隣村に続く道から少しだけ外れたその小屋は、森の番をするための大切な小屋だった。

 後ろには大きな大きな樹が五本、おじいの小屋を覆い尽くそうとしているように生えているから、いつでもおじいの小屋の中は薄暗かった。

 そのかわり雨が降れば樹の葉がほとんど受け止めてくれる。

 風が吹けば枝や葉の乱暴に擦れる音がごうごうと鳴るが、強い風をぜんぶ樹が受け止めてくれたから小くてぼろぼろの小屋は軋むことなく建っていることができた。


 「おじい。うらもりの樹が鳴いてるぞ」


 うらもりの樹というのはその名の通り、おじいと六朗太が住む小屋の大きな五本の樹とその後ろにある森の樹のことだ。

 風が強い時は五本の樹だけじゃなくて、裏の森の樹も一斉に騒がしくなる。

 ごぉうごうと鳴りやまない樹を、六朗太は耳を塞いで睨んでた。

 おじいはその有様を、まだまだ小さい子供だからと笑っていたが、森の番人の後継ぎとしてはいただけないと首を振った。


 「六朗太。俺が死んだら六朗太がこの森の番人だ。うらもりの樹が鳴くのは風を受け止めてくれているからだし、風が吹いているときこそ鳴き方をちゃーんと聴いておかねば大変なことにもなるんだ」


 おじいの言う言葉はまだ小さい六朗太にはよくわからなかったが、それでも大切なことをいうときはおじいはいつも六朗太の目をみてきちんと話してくれるから、その分からない言葉がとても大切だということだけは六朗太にもわかったのだ。


 「鳴き方を聴くのか?」

 「そうだ。樹の鳴き方はたくさんある。さわさわと優しく鳴いているときや、今みたいにごうごうとびっくりするほど大きな音をたてて鳴いているときもある。だが、一番やっかいなのは葉で鳴くのじゃない。樹そのものが鳴くんだ。その音を聞いたら」

 「聞いたら?」

 「……さあ、今日はもう寝なっせ。でも樹が鳴いているときは耳を塞ぐんじゃない。そのことだけは忘れたらいかんでな」


 おじいはそういって、六朗太に布団代わりの古びた着物を一枚掛けた。


 


 

 

 

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