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泥の中を歩け

作者: 六福亭

 ある国に、とてもおしゃれな王子様がいました。


 王子様はいつもきらきら光る宝石や勲章、立派な服やブーツで着飾り、舞踏会と酒場には毎晩のように顔を出していました。男友達も女友達もおおぜいいて、寂しい思いをしたことや、恥をかいたことなど今までに一度もありませんでした。


 毎日面白おかしく暮らしていた王子様ですが、いずれは王様になり、お妃様を迎えなければなりません。王子様には、ぜひ結婚したいと想う人がいました。


 それは、舞踏会で顔を合わせる友達ではなく、遠くの国のお姫様でした。そのお姫様のことはまだ絵でしか見たことがなく、王子様の周りにも、お姫様と会ったことがあるという者はいませんでした。ただ、絵姿がたいそう美しいだけではなく、賢く気立ての良い女性であるというもっぱらの評判です。


 お姫様に求婚しに行こうと考えた王子様は、出発する前に、国一番の魔法使いに助言を求めました。何しろ、彼女と会うのは初めてで、どんなものが好きなのかも分からないからです。


 魔法使いは、王子様に相談を受けるなり、こう言いました。

「泥の中を歩いて、お姫様に会いに行きなされ」


 その言葉に王子様はすっかり腹を立て、礼も言わず魔法使いを追い出してしまいました。


 

 さて、魔法使いの助言はあてにならないとわかったので、王子様はとにかくお姫様に会いに行くことにしました。とびきり上等な服を着て、髪を何度も櫛でとかし、大粒の宝石をいくつも飾りました。そして、たっぷり贈り物を持って、白馬で出発しました。


 ところが、長い旅の末にお姫様の国に辿り着いてみると、近くの国から遠くの国から、大勢の王様や王子様がお姫様への求婚のためにやってきていました。その中には、王子様よりも金持ちで、ハンサムで、勇ましい王子様たちもたくさんいるのです。


 ところが、お城の前におおぜいの求婚者が集まったころ、皆の前に現れたのはお姫様ではありませんでした。


 窓を開いて現れたのはその国の大臣で、王子様たちに向かって高らかにこう告げるのです。

「姫様は、どなたとも結婚なさるおつもりはありません。どうぞ、お引き取りください」


 求婚者たちの半分は、その言葉にがっかりして帰ってゆきました。でも、残りの半分は、もう少し留まって姫の心変わりを待つことにしました。


 あの王子様も、その一人です。


 お城の近くの宿屋に泊まることにした王子様は、真夜中、ふと部屋の鏡をのぞきこみ、じっと見つめ返すもう一人の自分に向かって尋ねました。


「どうしたら、あの姫と結婚することができると思う?」


 返事が来るとは思っていませんでした。けれど、鏡の中の王子様は、唇をすぼめてささやき返しました。


「泥の中を歩け」


 その言葉をもらさず聞き取った王子様は、がっくりとベッドに倒れ込みました。


 翌朝、王子様は都を出て、ぬかるんだ泥の中を歩いてみました。靴はすぐに汚れ、ズボンに泥がはね、その上ぬかるみに足を取られて転んでしまいました。きらびやかな上着が、あっという間に泥まみれです。王子様が変なことをしていると聞きつけた他の求婚者達が集まってきて、泥の中で起き上がろうとしている王子を笑いながら見物しました。


 その時、大空からさっと大きなかぎ爪が降りてきて、きれいな格好をしていた求婚者達を皆かっさらっていきました。巨大なりゅうです。りゅうは、びっくり仰天している泥の中の王子様には目もくれずそのままどこかへ飛んでいってしまいました。


 しばらくぼうぜんとしていた王子様が我に返り、宿屋に帰ろうと腰を上げた時、近くで働いていた百姓から声をかけられました。

「お前さん、手伝ってくれ」

 王子様はとっさに言い返しました。

「私は王子だ。野良仕事などとんでもない!」

 すると、百姓たちは大笑いしたり、怒ったりしました。

「何が王子だ、泥を全身にくっつけて。ものぐさなことを言うな。この国じゃ、働かざる者食うべからずだ」


 そこで、しぶしぶ王子様は、百姓に混ざって麦の種まきを手伝いました。慣れない手つきでおそるおそる種をまく王子様の元に、百姓たちが集まり、農作業の手順を教えてくれました。


 種まきの次は、草刈りや、野菜の収穫です。一日ひっきりなしに働き続け、夕方になるととうとう王子様はひっくり返ってしまいました。


 気がつくと、エプロンをかけた百姓の娘が王子様を介抱していました。よく日に焼けた田舎娘ですが、どこか見覚えがある気がします。

「なかなかいい働きっぷりだったわよ」

 娘はにこりと笑い、百姓達との夕食に王子様を誘いました。百姓達は既に安い酒で乾杯していましたが、娘と王子様がやってくると歓声を上げて迎え入れます。

「よく来たな、王子君。さあ、働いた分飲め、食え」

 酒も料理も、贅沢尽くしの王子様が今まで食べたことがないほど大味なものでしたが、王子様はとてもおいしいと思いました。優雅なダンスの代わりに百姓達と裸踊りを踊り、貴族たちの噂話の代わりに野菜や麦の育て方を習いました。


 その次の日も、そのまた次の日も王子様は百姓達と働きましたが、ある日ふと、自分の国にそろそろ帰らなければならないことを思い出しました。

「すみません、私はもう帰らなければ」

 百姓達にあいさつすると、彼らは別れを惜しみ、酒や野菜をお土産にもたせてくれました。

 とりわけ王子様と仲良くなった娘が、帰路につく王子様の後を追いかけてくるので、王子様は言いました。

「良かったら、一緒に私の国に来ますか?」

 娘はうなずきました。

「ええ、行きますわ」


 そして娘が口笛を吹くと、空の彼方からあのりゅうがやってきました。


 りゅうは気取った王子達をそれぞれの国に送り返してきたばかりでしたが、娘と王子様を背中にのせて、王子様の国へと連れていってくれました。


 王子様のお城に降り立つ時、娘は汚れた野良着をさっと脱ぎ捨て、絵姿通りの美しいお姫様となりました。


 王子様はたいそうおどろきましたが、「泥の中を歩け」という助言を思い出し、照れながらお姫様の手を取りました。


 王子様とお姫様の結婚式には、あの魔法使いも呼ばれ、ご褒美に大きなダイヤモンドをもらいました。王子様はまた、農作業を教えてくれた百姓達にも、たくさんの宝石を贈りました。


 王子様とお姫様__お妃様は、その後もたびたび百姓のかっこうをして、繁忙期には農作業をして働いたということです。


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― 新着の感想 ―
「泥の中を歩け」。 インパクトのあるタイトルでどういう感じなのかなぁと思って拝読し始めましたが、そういう意味だったのですね! すごく面白かったです。 あの魔法使い、優秀!(笑) でも意図せず努力できた…
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