第4話
あたしね、覚えてるのよ。
あの日のこと。
団地の前で立ち話してたら、
誰かが言ったの。
「夜、変な音しなかった?」
それで思い出したのよ。
ああ、そういえばって。
あの頃、この団地、
ちょっと荒れてたでしょう。
子どもの泣き声とか、
夜中にバタバタ走る音とか。
あたし、何度か窓から見たのよ。
南口のほう。
高瀬さんも、よく見てたわね。
静かな人だったけど。
「高瀬さん、そのお宅の息子さんのこと気にかけてたものねえ。南口の方からよく見てくれてたもの」
誰かが、そう言った。
あたしも、うなずいた。
そうだったかもしれない。
でね、
子どもの声、聞いたことあるの。
「いやー!」とかじゃなくて、
もっと、か細いの。
あたし思ったのよ。
虐待かしらって。
でもそのうち、
聞こえなくなった。
だから、解決したんだと思ったの。
きっと高瀬さんが尽力したんじゃない?
今は泣き声しないしね。
え?離婚して引越ししてたの?
だからか。
ごめんそれは知らなかったわあ。
あ、ほら2年前の事故の時もさ、
遺体が見つかったあとも、
あたしたち、ちゃんと話したわよ。
「かわいそうだったわね」
「でも、誰も気づかなかったのよ」
「夜だったし」
それで、話は終わり。
だって、終わった話だもの。
あたし、悪くないでしょ?
見てたのよ。
気にしてたのよ。
助けられなかっただけ。
それに――
誰だって、
自分の生活があるじゃない。
最近ね、
団地、取り壊すって話でしょ。
古いから。
事故もあったし。
あたしは思うの。
これで、全部きれいになるわねって。
嫌なことも、
全部、なかったことになる。
そうよ、みんな毎日を無事に過ごすことに
一杯一杯なんだもの。
うちら引越し後はね、旦那んとこの家で
義両親との同居になるからさ、もうその事で頭がいっぱいよお
あ、そろそろ旦那帰ってくる時間だわ。
また今度の集会でね




