第3話
その日、ぼくはかくれんぼをしていた。
鬼はまだ来ない。
みんな、団地の裏のほうへ走っていった。
ぼくは、植え込みのいちばん奥にしゃがんだ。
葉っぱがちくちくして、ズボンが汚れた。
「ここなら、見つからない」
しばらくすると、音がした。
ドン、って。
大きくはなかったけど、
地面が少し揺れた気がした。
ぼくは、じっとした。
鬼に見つかると、つまらない。
葉っぱの向こうで、
何かが動いた。
「……たすけ……」
小さい声。
ぼくは、息を止めた。
知らない人の声だった。
大人の声。
大人は、こわい。
呼ばれるかもしれない。
怒られるかもしれない。
ぼくは、動かなかった。
家に帰って、手を洗った。
お母さんに言おうか、迷った。
でも、
「知らない人と話しちゃだめ」
って、いつも言われている。
声のことを言ったら、
ぼくが怒られるかもしれない。
だから、言わなかった。
夜。
布団の中で、目を閉じると、
昼の声がよみがえった。
「……たすけ……」
でも、だんだん、声は遠くなった。
眠くなった。
朝になった。
次の日、学校で聞いた。
「団地で、人が死んだんだって」
友だちが言った。
ぼくは、何も言わなかった。
植え込みを見た。
いつもより、きれいだった。
ぼくは、少しだけ思った。
あのとき、
出ていけばよかったかな。
でも、
鬼に見つかっていたかもしれない。
だから、
やっぱり、しかたなかった。
ぼくは、ブランコに乗った。




