序章
『貴方にはこれらを記録し可能な限り狩人達の手助けをして頂きたい』
それが良いと人々からマザーと呼ばれる目の前の女性が静かに告げる。
何を源としているかさえも分からない様な確信を持って彼女はそれが適切だろうと告げる。
思わず俺は口を開くと問いを投げかける。
「マザーは一体何処まで見えてる?」
机を挟んだ向こう側の質素なソファに座っている老婆に目をやり返事を待った。
彼女の黒いサングラスには湾曲した俺が映る。
質問に対して軽く口角を上げ彼女は面白そうに答える。
「なにも見えてはいないわ、分かるでしょ?」
そう言うと彼女は手慣れた様子で古いレコードプレーヤーに手をやりレコードをセットした。
聴いたこともないがどこかノスタルジックな気分にさせるような音楽が流れる。
それを身に受け彼女は小刻みに身体を揺らす。
「なにも見えてはいないわ、けれど分かるでしょう?」
彼女はいつだって難解な出来事に対して実にシンプルな考えを示す。
それを俺はいたく気に入っていた。
思わず机に手を置き指でトントン机を叩くと音楽に合わせてリズムを奏でる。
「音楽が鳴っているのならそれに合わせて」
「踊るしかない、そうだろう?マザー」
俺の返事に気を良くした彼女はよろしいと頷くと任務の詳しい内容を語りだす。
郊外のある一つの屋敷の話だ。
その屋敷の住人たちが突然に消息を絶った。
ここまでは問題じゃない、この街ではよくあることだからな。
今回の問題は新しい入居者達のことだ。
「まぁ、貴方が付いてるならなにも問題ないわ」
そう言うと屈託のない笑顔をこちらに向ける彼女。
時折彼女の中身はイノセントな子供時代に止まっているような錯覚を覚える。
それぐらいにこの眼の前の老婆は純粋だ。
だからこそ頼み事をついに受け入れてしまう。
「マザーよ、貴女は人たらしの魔女だ」
「あら美魔女って呼んで頂戴な」
「それは何だ?」
新たな魔女の系統かと思い尋ねてみる。
なんと古代にいたとされる歳を老いてなお美貌を保つ女性達の事らしい。
この手の話だけはいつの時代も変わらず女性達が惹き寄せる。
「マザー、確かに貴女は今もなお美しい」
「あら、いつからそんな気の利いた事が言えるようになったのかしら?」
「なってないさ。思わず溢れた本音だ」
一つの協会の大ボスを相手にしてるとは思えないな。
本当に危険な人だ。
やはり美しくとも魔女は魔女だ。
彼女の魅力を跳ね除けて本題に戻す。
「では屋敷の件は神秘協会の"補佐官"ヨエルに任せます」
「承知した」
「神秘の見えざる手が貴方を守り導いてくれますように」
「ありがとうマザー、行ってくる」
彼女に背を向け部屋の外へと向かう。
しかし見えざる手とは実に言いえて妙だ。
彼女は視力をなくしても未だに光を見失ってはいないようだな。
「暗闇の中でこそ光は濃くその存在を表すのよ?」
...読心術か?
しかし俺にはそんな術は通用しないはずだ。
仏頂面だからではない。
「あら?私なんで急にこんな事を言ったのかしら?」
「考えなしに言ったのか?」
「ええ、急に凄く言いたくなってしまってね」
もう一度背を向け今度こそ任務へ向かう。
見えざる手か。
その手が貴女の肩に掛けられている事に気付いているか?
マザーよ。




