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6.5(幕間)星に願いを



離れに戻り、リームに手伝ってもらいながら着替えを済ませる。

アズハルにどうしても伝えたいことが見つかり、ベッドに腰かけてそわそわしながら待っていると、普段通りの寝間着に着替えたアズハルが枕を持って登場した。

不埒に襲って来ないことはわかっているので枕持参はしなくていいと伝えているが、やはり習わしだからと律儀に毎夜枕を持って現れる。


イリリアは「お知らせしたい事があるんです」と、前身頃の合わせを軽く開いて左胸の上部を晒した。



「見てください、明らかにお花の色艶が良くなってます」


「………確認したから、もう隠しなさい」


「背中はどうなってますか?」


「リームに確かめてもらえば良かっただろう……」


「リームさんにも見てもらいましたけど、今日初めて花印を見たから細かな違いはわからないみたいで」



アズハル様は今朝も見たのでわかりますよね、と言えば、朝の失態を思い出したのか少しばかり落ち込んでしまった。


アズハルが片手で顔を覆って項垂れているあいだに、よいしょと服を剥いて背中が見えるようにしておく。胸元はちゃんと隠しておかなければ叱られるのは必須。

本当はもうちょっと捲りやすい服だと嬉しいのだが、寒くないようにと出来るだけ厚手の温かい服を貸してくれているのだから文句を言うつもりはない。



「寒いので早めに立ち直って背中の確認してくださいね」


「またそんなに脱いで……ああ、確かに……」


「……アズハル様?」



珍しく顔を寄せる気配がしたため、近くでよくよく見て確認しているのかなと思えば、不意に背中に唇が押しつけられた。

上唇と下唇で花を食むような仕草をしたあと、そっと離される。


ため息にも似た吐息と、「………甘いな」という囁くような声。



低く色っぽい声音に、心臓が大きく跳ねた。


朝に続いての不意打ちな背中キスを受け、高鳴る胸を抑えてそっと振り返れば、我に返ったのか顔を真っ赤に染めて手で口元を覆ったアズハルが呆然と立ち尽くしていた。



「……え?吐きそうな感じ?」


「ち、違う。ただ、その…口付けるつもりでは……すまない、完全に無意識でやってしまった」


「ああ…それは全然…」


気にしないと言えば、それは思うところがあったのか、なんとも言えない顔をされてしまう。

不快感が無いというだけでちゃんと胸はドキドキしていると告げれば、あからさまにホッとした表情になった。


あんなにも色香に満ちた声を溢しておいて、何をそんなに不安視する必要があるというのか。

イリリアが野生の獣であったなら、今すぐ本能のままに襲いかかっている事だろう。



「動悸の確認をします?」


「しない。……だが、花の艶めきが増したことは喜ばしく思う」



竜胆が見つかるまでの苦労を噛み締めているのか、感慨深そうに呟いたアズハルに改めて「お花を見つけてくださってありがとうございます」と伝えておく。


霊峰を隅々まで探し回るというのは、本当に大変なことだろう。

年単位で探すようなものを、ひと月もせずに見つけ出してくれたのだ。

すべてはイリリアの為。

花を取り込んだほうが身体が高所に馴染みやすくなり、息苦しさや発熱を減らすことができるだろうという理由で、連日連夜必死になって探し回ってくれた。


(どうやったら、その苦労に報いることができるかしら…)


一日も早く天上へ至ることが最大の恩返しであるのは間違いないが、順化についてはアズハルがこれまでの花嫁花婿らの記録を振り返りつつ綿密に計画を立てているようなので、それに従うのが良いだろう。


となるとやはり、イリリアに出来ることはひとつ。

癒し効果のある花印をもつ者として、蓄積した疲労を存分に取り除いてあげたい。



「お花も進化しましたし、今夜はもっと寄り添って寝ましょうか。正面からぎゅっとしても良いですよ」


「いや……それは……」


視線を彷徨わせたアズハルに、就寝時の抱擁はハードルが高いのだろうか…今朝のようにうっかり花印をはむはむされても気にしないのにと思っていると、とても困ったように微笑まれてしまった。



「………イリリアは、寝ているときにたくさん動くから…」


「……。」



(まさかの寝相の問題だった…)



「起きたときに時々背後からぎゅっとしてくれているのは、もしかして………捕獲的な?」


「たまに落ちそうになっているからな」



苦笑されて、今朝の腕はやっぱり安全ベルトで間違いなかったのだと理解する。

寝る時は広いベッドの上で適切な距離を保っているし、寝入り端のアズハルはお行儀良く上を向いているから、眠ったあとに甘えて抱きついて来ているのかな…と思っていた過去の自分を蹴り飛ばしたい。

しかも、いつも先に眠りに就くアズハルから『よく動く』『たまに落ちそうになっている』と言われるということは、彼が目覚めてしまうほどに激しく動き回っているということで。



「………一緒に寝るの、本当に無理しなくていいですからね」


「無理ではない。元気なのは良いことだ…脚の力も思いのほか強くて感心している」


「……。」


(もはや赤子に抱く感想…!!)



うちひしがれるイリリアを気にした様子もなく、アズハルは「花の受け渡しもあって遅くなってしまったな…さあ寝よう」と就寝を促してくる。

念のため「いびきや歯軋りはしていないですよね?」と聞けば、「たまに寝言が面白い」と微笑まれてしまった。

嫌味でないからこそ、心抉るものがある。


もそもそと布団を被りながら、悲嘆のため息を吐く。


「おやすみ」と告げたアズハルは相変わらず素早く入眠した。

探し物が見つかったことへの安堵もあるのだろう、寝顔はとても安らかだ。



イリリアは何とも言えない気持ちを抱えたまま、服の合わせを捲って胸の印を確かめる。


艶めきを増した三連花にホッと胸を撫で下ろす。

これでまた、霊峰の(いただき)に一歩近づいたのだと思えば感慨深い。



先ほど外で見た満天の星はしっかり脳に刻まれている。

目を閉じて願うは、アズハルとの幸福な未来。

そして、

ついでに叶うのであれば、どうか今すぐ寝相を良くして下さい…!

と全ての星々に全力で願いをかけた。






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