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沈黙を破る者たち2

 霧が引き、広場に静けさが戻る。

 だが、それは戦いの“終わり”を意味しなかった。

 むしろ、これからが本当の始まりだった。

 タクマの拳は、今なお熱を帯びている。

 それは、怒りではない。

 少年の「声」が戻った瞬間に宿った、“別の感情”だった。


 ――安心、だった。


 膝をついたタクマの横で、少年がうつむきながら言葉を繰り返す。


「……ま……って……ごめんなさい……」


 その小さなつぶやきに、皆が言葉を失う。

 リシェルが静かに近づいて、しゃがみ込む。


「大丈夫。誰も怒ってないわ」


「君は……ちゃんと、声を取り戻せた」


 少年は首を横に振った。

 肩を震わせながら、絞るように言う。


「……僕……僕が、呼んだの……あいつを……」


 タクマが、ぴたりと視線を向けた。


「どういうことだ……?」


 グランが、少年の目の動きを観察しながら口を開いた。


「この魔性……“自発的召喚”の痕跡がある。

 通常の魔物とは違い、呼び出された痕が残っている。

 つまり――この子の中にあった感情が、引き寄せた可能性がある」


 セレナの顔に影が差す。


「……感情スキルの副作用……?」


 少年は、強く目をつぶった。


「違う、ちがうんだ……。

 ただ、誰にも聞いてもらえなくて……誰にも届かなくて……

 ――だから、“何も言わなくていい世界”があればって……思ったら……」


 全員が、静かになった。


 ティノが拳を握りしめる。


「そりゃ……そんなの、辛ぇよ……」


 タクマの中に、別の怒りが浮かび上がる。

 少年を“責める”怒りではない。

 この世界に、声を閉ざすしかなかった子どもがいるという、理不尽への怒りだ。


 そして、同時に――理解する。


 自分もまた、怒りで全てを押し潰してきた過去がある。

 “言えなかった”彼と、“言いすぎて壊した”自分。

 違うようでいて、どこか似ていた。


「……言葉ってのは、簡単に奪われるんだな」


 そう呟いたタクマの声に、少年がわずかに反応する。


「でも、奪われたなら――取り戻せばいい」


 その言葉に、リシェルも、セレナも、静かに頷く。

 グランが腕を組みながら言う。


「魔性の核は残っていません。

 応急的な術式ではありますが、“再発”の可能性は封じられました」


 「ありがとな、グラン」


 その言葉に、グランはほんのわずかだけ表情を崩した。


「私はただ、記録を守る者です」


「……ですが、“記録に残すべき出来事”が、ここにはあったと確信しています」


 その言葉は、タクマにとって静かな肯定だった。

 戦いが、終わった。

 けれど――タクマの中で、“何か”が始まっていた。


 《感情具現》という力。

 それは、ただの破壊のためではなく。

 誰かの“声”を取り戻すための力なのだと。


 戦闘の余韻が、ようやく静けさへと変わっていく。


 少年はセレナの結界の中で静かに目を閉じ、

 リシェルが彼のそばに寄り添っていた。


 タクマは立ち尽くし、いまだ熱の残る拳を見つめていた。


「これが……感情具現、か」


 拳にはもう、火も光もない。

 だが、“確かに何かを救った”という手応えが、そこにあった。


 グラン・セディアスは、静かに場を見渡していた。

 仮面の破片、霧に侵された石畳、まだうまく言葉を出せない少年――

 そして、怒りを超えて拳を握った男の背中。


 彼は懐から、細身の記録書と黒の羽根ペンを取り出すと、淡々と書き記した。


『灰の区南路、魔性型感情喰い個体による事象、終息。

 対象:空席者、仮登録冒険者、タクマ。

 スキル:感情具現。制御の兆候あり。

 事象評価:観測完了』


 静かに羽根ペンを閉じ、記録書の留め具をカチリと鳴らす。


 グランはタクマの背へ向けて、言葉を残した。


「……もう、私が記録すべきものは、ありません」


 タクマが振り返る。

 グランは口元に微かな笑みを浮かべた。


「あなたの怒りは、破壊ではなく――言葉を取り戻すものだった。

 それが記録されたのなら、私の役目はひとまず終わりです」


 セレナがそっと尋ねた。


「もう戻るのね、本部へ」


「ええ。けれど、いずれまた“記録すべき瞬間”に呼ばれるでしょう。

 ――あなたたちの歩む先が、“記録に残る歴史”ならば」


 それだけ言って、グラン・セディアスは静かにその場を離れた。

 言葉ではなく、背中で“信頼”を刻んで。


 誰も、それを止めなかった。

 ただ、静かな敬意だけが残った。


 


 ◆


 


 その夜、灰の区の空は雲に覆われていた。


 風はなく、空気は澄んでいるのに、

 “何か”が遠くから忍び寄るような、ぬるい気配があった。


 宿の一室――タクマは、窓の外を見つめていた。


 少年は寝ていた。セレナも仮眠を取っている。

 静けさの中、彼は自分の拳を見下ろす。

 声を取り戻す力。怒りの本質。

 そして――この世界で、自分にしかできないこと。


「……セレナの言ってた通りだったな」


 感情は武器にもなる。

 でも、それを制御できるかどうかで、人の在り方は変わる。


 リシェルの言葉も、思い出す。


「整えなさい、怒りを。敵じゃなく、守りたいものに向けて」


 そうして、彼の感情は少しずつ、“熱”ではなく“芯”に変わっていった。


 そのとき――ふと、気配を感じた。

 窓の外の瓦屋根に、黒い影が一瞬だけ揺れた気がした。


「……誰だ?」


 タクマが振り返る。

 だがそこには、何もいない。


 ただ、風のない夜にそよぐような、微かな声だけが残った。


『“境界”は、もう開きかけている――』


 気のせいかもしれない。

 けれど、タクマは確かにそれを聞いた。


 そして、どこかで“黒巫女”という言葉が脳裏に浮かんだ。


(……まさか)


 物語は静かに、次の“気配”へと、進み始めていた。



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