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沈黙の教会

 ロウゼル村の外れ、林の奥。

 かつて村人が祈りを捧げていた古い教会――今は“跡地”と呼ばれて久しい場所がある。

 廃れた石畳に苔が生え、崩れた壁からは蔦が這い出していた。

 だが、建物そのものはまだ“姿”を保っている。

 まるで、誰かが「忘れないでくれ」と言わんばかりに。


「これが……“沈黙の教会”」


 セレナの呟きに、風がひゅう、と鳴いた。

 冷気ではない。空気の密度そのものが違う。“感情が凍っている”空間。


 タクマは、教会の門柱に触れた。

 その表面には、掠れた祈祷文のような模様が残っていた。


「妙だな。これ、聖教の文様じゃない。……異端系か?」


 セレナが慎重に歩み寄って確認する。


「いえ、異端ではありません。ただ……この文様、

 “失われた感情の回復を拒む”系の刻印です。

 封印じゃない。“感情を否定する場所”」


 その言葉に、リシェルが低く唸る。


「つまり、ここは――“誰かの感情を否定する意志”で建てられた」


 ヘルツが壁の亀裂を指さす。


「魔力の残滓があります。だが非常に弱い。

 これは、暴力的な力ではなく、“静かに押し潰す”系統の精神干渉ですね。

 ……子どもが声を失うのも納得です」


 ティノが、わずかに苛立った様子で声を上げた。


「なんだよ、そんなもんが教会にあるのが正しいのか?

 祈る場所が、“黙れ”って言ってきてるじゃねぇか」


 その一言に、誰も否定できなかった。


 沈黙。


 だがその時――教会内部から、わずかな音が聞こえた。


 “カチン”。


 靴の踵が、石を踏むような音。


 全員が構える。

 だが、現れたのは――


 ひとりの少年だった。


 年齢は十歳ほど。ぼろぼろのローブ。痩せこけた腕。

 だが、目だけは――異様なほど澄んでいた。

 少年は、口を開くことなく、タクマたちを見つめていた。

 ただ、静かに、無言で。


 そして――笑った。


 言葉はなかった。

 けれど、その笑みははっきりと語っていた。


 “ここは、お前たちの来る場所じゃない”

 

 タクマの胸の奥で、何かが軋んだ。


 この少年こそが、“声を食らうもの”なのか。

 あるいは、ただ“声を奪われた被害者”なのか。


 だが、その答えは。

 まだこの“沈黙の教会”の奥に、隠れていた――



 教会跡地に佇む少年は、依然として無言だった。

 その顔には恐れも敵意もない。ただ――虚無。

 タクマたちを見下すわけでもなく、助けを求めるわけでもない。

 まるで、「世界と繋がる気がない」ように、そこにいた。


 誰もがその沈黙に息を飲んでいた。

 だが、タクマだけは、一歩、前に進み出た。


「……ここは、寒くないか?」


 問いかけ。だが、少年は何も答えない。


「腹、減ってないか?

 パンならある。水もある。……俺が焼いたやつじゃないけどな」


 反応はない。

 けれど、タクマの表情は変わらなかった。


「そうか。じゃあ――無理に答えなくていい。

 でも、ひとつだけ。聞いてくれ。

 ……“ここにいたくない”って思ったら、いつでも言っていいからな」


 それは、**言葉を持たない者に向けた、“言葉の手渡し”**だった。

 そのとき――少年の指先が、かすかに動いた。

 ゆっくりと、自分の胸のあたりを押さえ――首を振った。


「……“いらない”ってことか?」


 少年は答えない。けれどその仕草は、確かに意思だった。


 セレナが後ろで呟く。


「……“沈黙の呪い”に感染した可能性が高い。

 でも、完全に奪われてはいない。彼はまだ、“拒否する力”を持ってる」


 リシェルが険しい顔で問う。


「つまり、“誰かに黙らされてる”んじゃなく、“自分で黙ってる”?」


 セレナは頷いた。

「……その方が、ある意味深刻です。

 外的な呪いなら解呪できますが――

 “自分自身で言葉を閉ざした者”は、癒やすのが最も難しい」


 タクマは、少年と視線を交わしながら、静かに呟いた。


「“怒り”ってのはさ。ぶつけるためだけのもんじゃない。

 叫べなかった分だけ、溜まってくんだ。

 俺も……そうだった」


 拳を見下ろす。

 かつて、自分が怒ることすら諦めかけていた日々の記憶。


「だから、お前が黙ってる理由が、どんなもんでも――

 俺は、待つ。無理に喋らせない。でも、見捨てない」


 少年の目が、かすかに揺れた。


 タクマは笑わなかった。ただ、まっすぐ立ち尽くしていた。


 そして――


 そのとき、教会の奥から“音”が響いた。


 カラ――ン。


 何かが、石床を転がる音。

 それは、“今の少年とは別の存在”が、この教会にいる証。

 静かな闇が、奥でこちらを“見ている”。

 そして、その“気配”には――飢えた感情が、宿っていた。


 ――カラリ。


 教会の奥から響いたその音は、まるで空洞の心臓が脈を打ったかのようだった。

 タクマは、目の前の少年を静かに後ろへ庇いながら、一歩前に出る。


「誰だ……そこにいるのは」


 返事はない。

 代わりに、“何か”が姿を現した。

 それは人の形をしていた。

 だが明らかに人ではなかった。


 膨らんだ黒衣、顔のない仮面、ゆらゆらと揺れる靄のような輪郭。

 まるで“誰かの感情”が形を成したような、存在。


 セレナが息を呑む。


「……顕現型の魔性。これは――“感情喰らい”」


 リシェルが剣を抜く。


「こいつが……子どもたちの声を奪った?」


 グランが冷静に分析する。


「正確には、“喰われた感情”が、言葉を奪っている。

 言葉は意思の発露。“語りたい”という心を食われたのだ」


 タクマが睨みつけるように問いかける。


「……お前、子どもたちをどうした?」


 その瞬間、魔性が“震えた”。


 言葉はない。

 だが、空気の中に、“吐き捨てるような感情の残滓”が響いた。


『喧騒は不要……静寂こそ至福』

『誰も語らなければ、誰も傷つかない』

『怒りも悲しみも、奪ってやる……』


 タクマの拳が、熱を帯びた。


「ふざけんなよ……!」


 かつて彼は、怒ったことで誰かを壊した。

 だから異世界では、怒りを使うたび、思い出す。

 もう誰かを傷つけないと、誓った。


 だが――

 怒りを封じられてもいい理由なんて、この世界に一つもない。


「声を奪ったお前が正しいわけがないだろ……!」


 拳が、燃える。

 スキル《感情具現》――発動。


 リシェルが後ろで構える。「タクマ、いくわよ!」

 セレナが祈祷の印を刻み始める。「感情を断ち切る結界、展開します!」

 そして――少年が、震える手で、タクマの背中を掴んだ。


 その温もりが、彼に伝える。


“僕の代わりに怒ってほしい”


 タクマは応えた。


「……任せろ」


 燃える拳が、“声を喰らう魔性”に向かって、真っ直ぐに伸びた。

 その拳は――誰かを傷つけるためじゃない。


 誰かの“声”を、取り戻すために。



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