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三つの影、動き出す

 王都中央ギルド本部――その執務棟の最上階にある作戦室は、いつになく静かだった。


 常ならば魔物分布の報告や討伐戦略の会議が飛び交っているはずのこの部屋。

 だがこの日、資料机の上に並べられたのは、地図でも討伐札でもなかった。


 「報告書:灰の区における異常魔力波動」

 それが、この静寂の原因だった。


「……これ、本当なのか?」

 中年のギルド戦略官・ドミニクが、報告を読み上げながら眉間を押さえた。


「“感情スキル反応”……?

 しかも、それが“転移者”だと……?」


 向かいの席で、初老の男が静かに頷いた。


「本部の魔力監視術では断定できなかった。だが、

 神殿経由の“記録帳”との波形照合で――一致した」


 室内に、ざわめきが広がる。


「神殿が動いてるってことは……つまり、これは“神代の系譜”に触れている可能性があるってことか?」


「封じられた感情の系統……七神の一柱、“感情神ユル=アーリ”の教義復活か?」


 その名が出た瞬間、全員が無言になった。

 “語ってはならぬ神”の名。

 世界の秩序から“感情”という力を切り離した歴史の、残響。


 やがて、最年長のギルド長官が立ち上がった。


「――沈黙せよ。

 この件は、“ギルド本部外部には一切通知しない”」


「ですが、灰の区の支部に“その存在”が――」


「だからこそだ。

 ……灰の区は“切り捨て可能区域”とされている。

 あそこに沈んだ炎が、他に燃え広がらぬよう、静かに――囲い込め」


「囲い込む?」


「必要なら、“あの転移者を記録対象とし、非公式に監視せよ”」


 その指令は、**“処理”ではなく“封鎖”**だった。


 そして――

 その命令書は、封筒に入れられ、灰の区支部責任者・ヘルツ=マイドナー宛に送られていった。


 


 ◇ ◇ ◇




 王都北翼――白銀の神殿、その最奥。

 神々に最も近い場所とされる“七輪の間”には、今日もまた強い祈りと重い沈黙が漂っていた。

 その中でただ一人、中央の祭壇に背を向けて佇んでいる男がいた。


 高司祭アヴェリオ=クレメンス。

 神殿を束ねる最高位の一柱であり、“歴史に触れる者”とも呼ばれる存在。


 部屋の外から、神官長が報告に入る。


「高司祭。件の“記録帳”について、再調査が完了いたしました」


「……聞こう」


 アヴェリオの声は低く、だがどこか優しい響きすらあった。


「灰の区にて活動する補記者セレナ・マリシェラ――

 彼女が記した“怒り型スキルの発現反応”は、

 古文書『律典外記・感情編』にある“ユル=アーリ神系統の断片”と波形一致しました」


「……やはり、目を覚ましたか。“境界の炎”が」


「どういたしますか? 本部へ報告を?」


「否。まだ早い」


 アヴェリオは静かに祈祷杖を握った。


「“感情の神”ユル=アーリは、七神の中で唯一、

 “秩序を拒んだ”神だった。

 ゆえに、我らはその記録を封じ、名を断ち、祈りを封印した」


「ですが今、記録者が――」


「その“記録者”は、今どんな顔で、何を思い、書いている?」


「……詳細には確認しておりません」


「ならば、“記録”ではなく“心”を見よ。

 セレナ・マリシェラは、“神に祈って記す”者だ。

 ならば、彼女の筆が向く先が――**“神の沈黙を破る鍵”**になる」


 その目は、どこまでも静かで、深かった。


「……見守ろう。

 もしその者が、“封じられた神”を正しく思い出すなら――

 その時こそ、我らの沈黙も終わる」




 ◇ ◇ ◇


 

 王宮・政庁塔の裏にある離宮、その地下書庫。

 貴族たちが決して足を踏み入れないその静謐な空間で、

 一人の青年が地図を広げていた。


 第二王子ライクス・グラディウス。

 知略と記録の才で知られる、王家の“影の参謀”。


「灰の区で、“非公式活動による民間支援”が継続されている――か」


 眼鏡越しの視線は、冷静かつ正確に紙面をなぞっていく。


「兄上があの地を“見捨てていない”以上、

 我らも“統治対象”として保持せねばなるまい。

 だが、貴族派が黙っていないな……」


 側近が問う。


「ご決断を? 黒髪の転移者――“空席者の拳”への対応は?」


 ライクスは一度、ペンを止めた。


「まだだ。

 彼は“暴れた”のではない。“怒ってなお、秩序に従った”」


「ですが、ギルド本部が彼を“監視対象”とし始めたとの情報も」


「ギルドは“火種”を消そうとする。

 だが私は、“火種の意味”を知りたい」


 彼は、窓の外――遥か遠くに霞む灰の区を見つめた。


「……彼に会う。

 正式な接触ではない。あくまで“非公式”だ」


「では、密使を?」


「いや――私自身が行く」


 その言葉に、側近が息をのむ。


「……殿下、危険が」


「いいか、これは“革命ではない”。

 だが、変化の芽を“無視して腐らせる”方が危険だ」


 ライクスは立ち上がった。

 静かな足音が、床に響く。


「そして何より――兄上が、あの男に興味を持った。

 “レオナール”が関心を示すなら、無視できる存在ではないということだ」


 その名が出た瞬間、空気が変わった。

 戦場の鬼。王国最強の武人にして、第一王子。

 あの男が動けば、王国全体の空気が変わる。


 そして今――

 第二王子ライクスが、自ら“黒髪の拳”へと動き出した。


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