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それでも、拳を下ろすな

 その翌朝、宿のロビーに一人の少女が現れた。


 背丈はティノと変わらないほど。

 服は薄汚れているが、目だけがやけに強かった。


「……すみません、ここの“黒髪の冒険者さん”って……いますか?」

 声が震えていた。

 だが、その震えは恐怖ではなかった。

 “頼られることに慣れていない者が、必死に頼っている”――そんな声音だった。


 セレナがそっと近づき、椅子を勧める。

「私たちが、その者に心当たりがあります。どうか、お話を聞かせてください」


 少女はうつむきながら、少しずつ言葉をつむぎ出した。


「……“アレフ”って名前の人を、探してるんです。

 私の……知り合いで……。一週間前から帰ってこなくて。

 スキルがないから、街の外には出ないはずなんです……でも、急にいなくなって」


 スキルがない。

 街から出ない。

 なのに、姿を消した。


 ティノの表情が変わった。

「……今、“アレフ”って言ったか?」


 少女は小さく頷いた。


「知ってんのか?」

 タクマが問うと、ティノは苦笑したように肩をすくめた。


「昔、一緒に空席者用の作業してた奴だよ。

 ……でも、あいつが消えた? おかしいな、あいつ、俺よりずっと慎重で、怖がりで……」


 少女がか細く言った。


「“誰かを守れるようになりたい”って、いつか言ってました。

 だから……“スキルがなくても、何か探してみる”って」


 その言葉に、タクマの胸がざらりと揺れた。

 まるで、自分の過去をもう一度聞かされているような――

 そんな錯覚。


「依頼ってわけじゃないんです……。

 でも、ギルドにも神殿にも、誰も取り合ってくれなくて……」


 少女の声は、どこまでも静かだった。

 諦めを飲み込んで、それでも消えきらなかった声。


「私がここに来たのは、昨日の夜、誰かが“この人たちは信じていい”って……」


「……誰が?」


「名前は、わかりません。

 でも、その人は“灰の区で、拾われなかった声に耳を傾けた連中だ”って」


 タクマは、拳を握った。

 評価も、報酬も、なかった任務。

 でも、それが――“誰かに届いていた”。


 それだけで、十分だった。


「そのアレフって子、心当たりは?」


「東の水路沿いにある古い倉庫を、時々使ってました。

 でも今は鍵がかかってて……中を誰も確認してなくて」


「なら、俺たちが行く」

 タクマの言葉に、リシェルが肩を並べる。


「“非公式依頼”としては、十分に成立するわね。

 情報も具体的だし、消失者の行動動機もある」


 セレナは、記録帳を開きながら言った。


「この“記録されなかった依頼”も、記すに値します。

 たとえ口頭でも、祈りと呼ぶに足る願いですから」

 少女の瞳に、ほんの少しだけ、光が宿った。


「……本当に、いいんですか?

 何の報酬も、約束もできないのに……」


 ティノが立ち上がり、頭をぽんと軽く叩いた。


「報酬がなきゃ動けない奴らは、最初からこの街で何も変えられねぇよ」

 その言葉が、少女の涙腺をかすかに揺らした。


 東水路沿いは、王都の中でも忘れられた区域だった。


 崩れかけた倉庫、破れた布のカーテン、

 誰の目にも止まらず、誰の助けも入らない。


「ここ……か」


 タクマが扉に手をかけた瞬間、中から鈍い音がした。


 ――ごとん。


 ティノが顔色を変えた。


「中に……誰かいる!」

 鍵は錆びていたが、リシェルの短剣であっさり外された。

 扉が開いた瞬間――


 中には、少年がいた。


 目を閉じていた。

 痩せ細り、頬はこけ、手には刃物の破片が握られていた。


 けれど、まだ、息はある。


「……アレフ!」


 ティノが飛び込んだ。


 少年は目をうっすらと開けた。


「……ティノ……? おま、え……なんで……」


「バカか、お前……何してんだ……!」


 アレフの目から、涙がにじんだ。


「“誰にも見つけられなかったら、消えてもいい”って……

 そう思ってた。でも、……来てくれたんだな」


 タクマは、拳を胸に当てた。


「誰かを守りたかったんだろ?

 だったら、誰かが“お前を守る番”もあっていい」


 その言葉に、アレフは涙をこぼしながら、意識を手放した。


 外に出ると、少女が待っていた。

 その姿を見て、タクマは静かに頷いた。


「確かに、“依頼”は正式じゃなかった。

 でも、“願い”は届いた。

 そして、それを拾った俺たちの中に――ちゃんと、“意味”は残ってる」


 セレナが、静かに記録帳を開いた。


『依頼名:記録されなかった声』

『依頼者:無名/報酬:なし』

『結果:命、つながれたり』


 ティノは、拳を握ってつぶやいた。


「評価されない正義でも……こんな風に“何かが救われる”なら、

 信じる価値は、あるんだな……」


 タクマは、静かに言った。


「“誰も見てなくてもやる”ってのが、俺たちの冒険だ。

 この拳は、評価のためじゃない。“届かない声”のためにある」


 そう言って、拳をそっとほどいた。


 この街のどこかに、まだ拾われていない声がある。

 そして、自分たちは、それを拾い続ける存在になる。


 それが――

 “評価されない正義”を貫くということだ。

 それでも、拳は下ろさない。

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