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正しさに意味はあるのか

 任務を終えた翌朝。

 タクマたちは、灰の区ギルド支部に戻っていた。

 だが、建物の空気は――昨日と何も変わっていなかった。


 扉を開けても誰も振り向かず、

 足音を立てても、誰も言葉をかけなかった。


 いつものように受付は空席、書類は雑然、空気はよどんでいる。

 “誰も待っていない場所”に、彼らは帰ってきたのだった。


「……報告、しなくていいのか?」

 ティノのつぶやきに、タクマは頷いた。


「しないわけじゃない。ちゃんと、する。

 ただ、“意味があるかどうか”は、別の話だ」


 その言葉の通り――

 ギルド支部長ヘルツの反応は、こうだった。


「報告は受け取った。だが、勝手に動いた活動に対して、

 我々が“公式に認可を与えること”はできない」


 セレナの眉がわずかに動いた。


「記録上、神殿の報告としては――」


「神殿がどう扱おうと、ギルドの立場は変わらん。

 この支部では、“任務ではなかった”。

 つまり、“何も起きていない”。以上だ」

 ヘルツは淡々と言い放ち、部屋から出て行った。

 まるで、最初から会話に“意味”がなかったかのように。


 重い沈黙が落ちた。


「……あんたら、やっぱりムダだったんじゃねぇの?」

 ティノが、ぼそりと呟いた。

 皮肉も怒りもない。ただ、疲れた目で。


「誰も見てない。誰も聞いてない。

 札拾って、狼倒して、記録したって……それ、誰のためになった?」


 タクマは言葉を返せなかった。


 拳は熱を失い、

 胸の奥にあった“燃え殻”が、かすかに崩れていく音がした。


 ギルドを出た後も、街の反応は変わらなかった。


 誰も声をかけない。

 むしろ、昨日より“視線が遠巻き”になっていた。


「……あれ、なんだ?」

 角を曲がったとき、タクマがつぶやいた。

 ある建物の壁に、チョークで書かれた落書きがあった。


『黒髪の者に注意』

『魔性と関わる者に近づくな』

『ギルドが沈んだら誰が責任を取る?』


 セレナが、立ち止まって拳を握った。


「……これ、私たちのことですよね」

 リシェルは壁を睨みつけたが、すぐ目を逸らした。


「“結果”を出しても、“見られた印象”が変わるわけじゃない。

 この街は、“誰かを信じる”より、“責任から逃れる”方が早いの」


 タクマは、一歩前に出て、壁の前に立った。

 そして――拳を振り上げた。


 けれど、打ち下ろす直前で止めた。


「……壊すだけじゃ、“この言葉”に勝てない」


 セレナが小さく頷いた。


「“記録するだけ”でも勝てない。

 だけど、こうして“見た”ことを覚えておく。

 それが、次の一歩につながると信じたいです」


 ティノは、壁を見たまま口を開いた。


「お前ら、マジで“それで満足できる”わけ?」


 怒りじゃなかった。

 ただ、あまりにも深い無力感の中で出た、悲しい問いだった。


「俺はもう、期待しねぇ。

 “報われること”なんて、ないってわかってる。

 そう思ってた方が、楽なんだよ……!」


 タクマは、彼の言葉を否定しなかった。

 けれど、ただ一つだけ――言葉を投げた。


「それでも俺は、お前に“違う未来がある”ってことを見せたい」

 ティノの肩が、ほんのわずかだけ震えた。


 その日の夜。

 宿の部屋で、タクマは一人、拳を見つめていた。

 狼を倒したときの感触は、まだ残っている。

 けれど、それが“何かを変えた”という実感は、どこにもなかった。


(俺の怒りは、意味があったのか?

 あの狼を救ったとして、誰かの声を拾ったとして……

 それが、この世界で“正しさ”として残っていくのか?)


 胸の中に、冷たい穴が広がっていく感覚があった。

 怒ることは、力になる。

 だけど、力を振るっても、何も変わらないなら――それはただの自己満足なんじゃないか。


 そんな迷いを吹き払うように、ノックの音が響いた。


「入るわよ」


 リシェルだった。

 彼女は部屋に入るなり、床に腰を下ろし、タクマの隣に座った。


「怒れないって、つらいでしょ」


「……ああ」


「私も、何度もあったわ。

 “剣を振るっても変わらない現実”に向き合わされたこと、何度も」


 タクマは、拳をほどいた。


「じゃあ、どうして……やめなかった?」


「決まってるじゃない。

 それでも、“誰かがやらなきゃ、何も残らない”からよ」

 それは、静かな言葉だった。

 だけど、その声には、確かな重みと、戦ってきた年月が宿っていた。


 セレナも、扉の向こうから言った。


「この記録が、今すぐに役に立たなくても、

 いつか、誰かの手に届くことを願っています。

 タクマさんが拾った“声”を、私は記し続けます」


 タクマは、ゆっくりと目を閉じた。


 たしかに――何も変わらなかった。

 だけど、“変えようとしたこと”は、消えてない。


「……じゃあ、立ち止まるわけにはいかないな」


「ええ。そうよ」

 そして、拳を握った。

 怒りの熱が、ゆっくりと、また灯り始めた。


(俺は、殴るためじゃなく、守るために拳を握る)

(誰かの願いを拾い上げるために、この力を使う)


 その夜、タクマの中に一つの“答え”が生まれた。


 正しさは、すぐに評価されるとは限らない。

 だけど、“正しさを選び続ける意志”は、何かを変える火種になる。


 それが――怒りから始まった旅路の、新しい一歩だった。

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