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過去との葛藤2

 ティノが去ったあとの路地に、風が吹いた。


 湿った灰のにおい。崩れた壁。どこからか鳴る金属の音。

 誰も声を発しない街――“言葉が重荷になる場所”。


 リシェルは、背を向けていた。

 が、タクマが視線を向けたその時、彼女は不意に呟いた。


「……昔、いたのよ。

 私にも、“空席者”の後輩が」

 タクマは言葉を止めた。

 リシェルが自分から“過去”を語ることは、ほとんどない。


「家が没落する前。私、訓練場でよく指導してたの。

 その中に、小柄で、手足に力の入らない男の子がいてね。

 スキルはなかった。“気配察知”すら出なかった」


「……」


「でも、その子……目だけは、本当に綺麗だった。

 怒鳴られても、叩かれても、剣を落としても……

 “もう一度やってみます”って、必ず前を見てた」


 リシェルは、ふっと息を吐いた。


「ある日、いなくなったの。

 “もう来なくていい”って誰かに言われたらしい。

 私は……止めなかった」


「……」


「“ああ、この国は本当に、持たない者を捨てるんだ”って思った。

 その時、自分が誰よりも“捨てる側”にいたことに、気づいたの」

 タクマは何も言わなかった。


 リシェルの声が震えたのは、一瞬だけだった。


「だから、あの子みたいなのを見ると、黙ってられないのよ。

 “何かをあきらめる才能”ばかり育てさせられるのを、見過ごしたくない」


 その背中に、セレナがそっと寄った。


「……私も、同じです」


「セレナ?」


「神殿では、“空席者の記録”は“要観測区域外”とされます。

 スキルが発現しない者には、“記録価値がない”と判断される」


 セレナは、手にしていた記録帳をぎゅっと抱きしめた。


「私、記録者としてずっと“選ばれた者”ばかり見てきました。

 でも、本当は――“選ばれなかった者”こそ、

 記録に残さなくちゃいけなかったのかもしれない」


 その言葉に、タクマは拳を握った。


「なら、今からでも――やれるよな」


 二人は驚いたようにタクマを見た。


「記録することも、支えることも、止めないことも。

 過去の失敗があるなら、これからの誰かのために、それを使えばいい」

 沈んだ空気の中で、

 タクマの“怒り”だけが、ゆっくりと熱を帯びていた。


 その夜。


 灰の区――廃教会を改装した仮の拠点で、タクマはひとり窓辺に立っていた。


 空は曇り。月は見えない。

 灰色の雲が夜の屋根を覆い、風が廃屋を軋ませている。


 だが、不思議と“寒く”はなかった。


 体の奥、拳の中心に、“熱”がまだ残っていたからだ。


(ティノ……あいつ、笑ってた)


(希望を信じないことで、自分を守ってる)


(……それを“戦い方”にしてる)


 怒りが、静かに沸き上がる。

 だがそれは、暴れたい衝動ではない。

 もっと、奥にある――“誰かの涙を見たくない”という想い。


 背後で扉が開く音がした。


 リシェルだった。


「……まだ起きてたんだ」


「まぁな」


「顔、怖いよ」


「怒ってるからな。……俺自身に」


「自分に?」


「俺、“怒りで守る”って言ってたくせに、

 “諦めることの力”をちゃんと知らなかった」

 タクマは、窓を指差した。


「この街に必要なのは、“拳”じゃないかもしれない。

 “拳を掲げて見せるだけで、誰かが前を向ける”って信じたい」


「……タクマ」


「俺、もう一度あのティノって子と話す。

 “言葉”じゃなく、“姿”で見せてやる」


「どんな姿を?」


「“怒っていい”って姿を」

 その言葉に、リシェルはふっと笑った。


「……言ったでしょ。あんた、ほんと主人公みたい」


「自覚してるよ。自覚してるから、怖いけど、進む」

 その時、背後でセレナの声が響いた。


「……記録しても、いいですか?」

 タクマが振り向くと、セレナはノートを開いて立っていた。


「タカクラタクマ――“怒りの力は、言葉よりも先に信頼を引き出す”。

 そう信じて、一人の少年の“諦め”に挑むことを選んだ――と」


 その記録に、リシェルが静かに加える。


「追記して。“その拳は、ただ誰かを守るために燃えていた”――と」

 タクマは、窓の外をもう一度見た。


 雲の切れ間から、ほんの少しだけ――光が差した気がした。

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