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 蒼月宮殿・南棟第六応接室。

 王都の中心でも、最も“火種に近い場所”とされる小部屋。


 その室内で、四人の人間が円卓を囲んでいた。


 一人は、タクマ。

 もう一人は、王子ライクス・アークレイン。

 その背後には、第一王子レオナール。

 そして、静かに立つ記録官セレナ。


「……君に与えられる“場所”が決まった」

 ライクスは、封蝋のついた書簡を机に置いた。


「“灰の区”――アッシュライン。王都の東南に位置する、いわゆる中立自治区だ」

 タクマはその名を聞いた瞬間、背筋が少しだけ固まった。


「……あそこって、魔物の住処とかじゃなく、“人間の忘れられた場所”って聞いたけど」


「正確には、“王都の管理から外れた実験区”と呼ばれている。

 神殿は布教を放棄し、ギルドは最小限の支部を置くだけ。

 貴族は関心を持たず、平民は足を踏み入れない」

 ライクスの口調は穏やかだった。

 だが、それが逆に、そこが“異常な場所”であることを浮き彫りにする。


 タクマは目を細めた。


「つまり、“怒りを扱う俺を試すにはちょうどいい”……そう言いたいのか?」


「そうだ」

 レオナールが初めて口を開いた。


「怒りを制御できるかどうか――ではない。

 “怒りが社会にどう作用するのか”、それを測るために、お前には“街”を任せる」


「……街、か」


「その場所で、お前が何を守り、何を選ぶか。

 我らはそれを見届ける。だが、干渉はしない」


「監視は?」


「もちろん、ある。だが同時に、期待もしている。

 お前が“力を破壊ではなく灯火に変える姿”を、な」 

 静かに響くレオナールの声は、タクマの胸に残った。


(ここで俺が逃げたら……もう、誰も“感情”なんて信じなくなる)


 その時、セレナがそっと前に出た。


「この任務は、記録官としての私にも転機となります。

 神殿は私に“対象者との同居と観測”を許可しました」


「同居?」


「……信頼を得られない対象の“本質”は、観測できないのです」

 タクマは驚いた顔をしたが、すぐに目を逸らした。


「それ、俺を“中から記録する”ってことか」


「同時に、“あなたの選択を守る”ということでもあります」

 その場が、少しだけ沈黙に包まれた。


 だが、誰も否定はしなかった。


 やがて、タクマは言った。


「……わかった。

 誰も守ってくれない場所で、“誰かを守る力”を使えるか。

 それを、やってみる」


──そして、物語は灰の区へと向かう。


 王都から東南へ二時間。

 馬車は舗装された石畳を外れ、やがて崩れた砂利道へと入っていった。

 タクマは窓を開け、遠ざかる王都の輪郭を見ていた。


 その隣で、リシェルがぽつりと呟いた。


「ねぇ、あんた……本当にやるの?」


「……何をだ?」


「“この国が捨てた街”で、“お前の怒りが何になるのか”試すなんてさ。

 ……壊れなきゃいいけど」


「それ、俺が壊れるって意味か?」


「そう。……“信じて怒れる人間”ほど、砕けやすいから」 

 タクマはリシェルの言葉を正面から受け止めた。

 だけど、微笑んだ。


「壊れそうなら、止めてくれよ。お前は、そういう時にこそ、真っ直ぐ言うだろ?」


「……言うわよ。遠慮なくね」

 馬車が大きく揺れた。

 窓の外に、灰色の石壁が現れる。


 それは“門”だった。


 ――《灰のアッシュライン》。


 王都の中にありながら、

 王都に属さず、神殿もギルドも踏み込まない“切り離された地”。


 セレナが記録帳を開きながら呟く。


「ここは、魔力の流れが絶たれている……いや、意図的に“淀ませている”」


「結界か?」


「いえ、“放置”の方が近いでしょう。

 誰も整えず、誰も祈らず、誰も動かさない。

 その結果、“負”が溜まり続けている……」


 馬車が止まった。

 タクマがゆっくり扉を開け、地面に降りる。


 その瞬間、空気の“重さ”が変わった。


 王都の街で感じていた緊張とは、違う。

 これは、空気そのものに染みついた、“言葉にならない不信”だった。


 建物は煉瓦造りが多いが、崩れかけたものも多い。

 通りを歩く者はまばらで、子どもたちは陰からこちらを見ていた。


 路地裏には、布を被った“何か”が丸くうずくまり、動かない。


 リシェルが目を細める。


「……ここ、魔物より“人間の目”の方が怖いわ」

 その言葉に、セレナも頷く。


「タクマ。ここは、誰もあなたを“歓迎しない”場所です。

 むしろ、“敵”として迎える者の方が多い」


「わかってる」


「それでも来た理由は?」

 タクマは拳をゆっくりと握った。


「“この世界が俺を拒んでも、俺はこの世界の誰かを守りたい”」

「それを、証明するためだよ」


 その時だった。


 路地の陰から、小さな笑い声が聞こえた。


「……へぇ。かっこいいこと言うじゃん、黒い拳のお兄さん」


 声の主は――少年だった。


 痩せて小柄、汚れた布の上着。

 だけどその目だけが、大人びていて、どこか諦めたような輝きを持っていた。


「“守りたい”? この街を? ハハッ、無理無理。

 ここは“守られる価値”なんて、誰も信じてない場所だよ」

 タクマは黙って、その少年を見つめた。


 少年も、じっと見返す。


 その眼差しに、“希望を信じないことを覚えた子ども”の毒があった。


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