それぞれの怒り 聖女
王都ライゼンベルク。
神殿本院・第七聖室――“使徒級記録者”のみが出入りを許される密室。
白銀の装飾。静寂を吸う絨毯。壁に浮かぶ七神の光輪。
その中心に立つのは、白き衣の高司祭――セファリナ・ヴェルネス。
そしてその前に跪くのは、帰還した記録者――セレナ・ミルフォード。
「記録は提出されました。
……だが、いくつかの“不整合”が見られる」
セファリナの声は淡々としている。
だが、語尾にわずかな冷気があった。
「感情魔力の起因を“分類不能”とした点。
その者の“出自”を明記していない点。
そして……“黒巫女の存在を仄めかすような文脈”」
セレナは顔を上げなかった。
「記録は、私の観測に基づくものです。
そこに“明記できない”事実がある場合、それを“記録する自由”はあるはずです」
「観測は、真実を歪めてはならない。
だが、君の記録には“感情”が混じり始めている」
「……否定はしません」
セファリナの瞳が、わずかに細くなる。
「セレナ。
君は、“記録者”として王国に遣わされた。
だが今、君はその記録を“守ろうとしている”のではないか?」
その一言に、セレナははっと息を呑んだ。
記録者は、中立でなければならない。
信仰にも、政治にも、感情にも与してはならない。
だが――今、彼女の中にあるのは、確かに“誰かの姿を守りたい”という願いだった。
「……私は、まだ“揺らいで”います。
ですがそれは、“記録者であるからこそ”必要な揺らぎだと考えています」
「理由を」
「私が記しているのは、“スキル”ではなく“生”です。
人が、どう変わり、どう決断するのか――
それを、ただの属性や分類に押し込めることはできません」
その瞬間、室内の空気が静かに変わった。
セファリナはゆっくりと席を立ち、祭壇の前に進む。
そして、そこから一枚の封筒を手に取った。
「王都より、新たな任が下る」
「……任?」
「“タカクラタクマ”に関するすべての記録・観測を、君に一任する。
その代わり――君は“中立”を捨て、“記録を証明する者”となる」
セレナの息が止まる。
「つまり私は……」
「これからは、“彼の記録を守る責任者”だ」
「それは……観測者の域を超えています」
「ならば、選べ」
セファリナの目が、真っ直ぐにセレナを射抜いた。
「君は、“記録者”に留まるのか。
それとも、“感情を記す”者になるのか」
長い沈黙のあと――
セレナは、静かに顔を上げた。
「……記します。
彼が何者であるかよりも、
“彼が誰であろうと、その歩みが何を遺すか”を」
セファリナは、ゆっくりと微笑んだ。
それは、僅かに“祝福”に似ていた。




