それぞれの怒り 第二王子
王宮・応接室。
大理石のテーブルを挟んで、タクマと第二王子ライクスが対面していた。
セレナとリシェルも同席していたが、言葉を挟む気配はない。
この部屋には、今ただ一つの“対話”の場が用意されていた。
「まずは、礼を。あなたは村を救ってくれた。そして“感情の力”という未知に、秩序を保ってくれた」
ライクスの声は丁寧だった。
だが、言葉の奥には――“試す”意図が、確かにあった。
「ただし同時に――その力は、“暴走すれば国家を揺るがす”ものでもあると認識しています」
「……否定はしない」
タクマは静かに返した。
「俺自身も、その可能性が怖い。だからこそ、目を逸らしたくないんだ」
「ならば、伺いたい」
ライクスが椅子から身を乗り出す。
「あなたは、“怒り”を力に変える。では、あなたの“怒りの定義”とは、何ですか?」
「……定義?」
「はい。“怒り”とは、破壊か、正義か、情動か、意志か。
あなたが抱えるそれは、“社会にとって何なのか”を、私は知りたい」
部屋の空気が少しだけ引き締まった。
セレナが記録帳を開く。だが、筆を走らせる前に、タクマが答える。
「怒りは、誰かの“痛み”を拾ったときに生まれる」
「ふむ」
「そして、そいつを抱えたまま、“何かを壊す”でも“正す”でもなく、
“ただ立っていよう”とすると、……体の奥が熱くなる」
「つまり、“存在する意志”の一種だと?」
「ああ。でもな、それをそのまま出すと、誰かを傷つけちまう。
だから、“怒ってる”ってだけじゃ、社会は壊すんだ」
「あなたは、その“境界”を越えなかった。……なぜ?」
タクマは、少しだけ視線を逸らした。
そして、リシェルとセレナをちらりと見た。
「……俺には、“見てくれてるやつ”がいた。
誰かが“止めずに、信じてくれた”から、踏みとどまれたんだよ」
「なるほど。“感情は、他者の存在によって秩序を保つ”。興味深い仮説です」
ライクスがうっすら笑った。
「ならば、あなたがこの国で“感情を持つ異物”として生きていくには――
常に“信じてくれる誰か”が必要になりますね」
「それは違う」
タクマが、目を細める。
「信じてくれる誰かがいるから“保てる”んじゃない。
“信じられた”から、“俺自身が変わろうと思えた”んだ」
その一言に、ライクスの瞳が一瞬だけ揺れた。
論理の枠に収まらない、感情という名の“意志”。
それは計算不能な揺らぎでありながら――
人間の根幹に近いものでもあった。
「……わかりました。では、私はあなたに“場所”を与えましょう」
「場所?」
「“感情を使ってもよい空間”。
王都の中で、あなたの力を実験・観測するための“中立区域”です」
「……監視対象ってことか?」
「そうとも言えます。ですが――」
ライクスは言った。
「その中で、“あなた自身”をどう使うかは、あなたの自由です。
あなたの怒りが、誰かを救うものであるなら――
その価値を、王国に証明してみせてください」
セレナが小さく記す。
「支配ではなく、“観測と選択”による受容。
王子は、“異端”に席を与えた」
タクマは、ゆっくりと頷いた。
「……悪くない条件だな」
「それでも、あなたが“この国の者”でない可能性は、私の中では排除していません」
一瞬、空気が張り詰める。
けれど、タクマはわずかに笑った。
「いずれ話すよ。
俺が何者か、どこから来たか――
それを“話してもいい”と思えたらな」
その言葉に、ライクスの眼鏡の奥が細く光った。
「……期待していますよ、“高倉タクマ”殿」




