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その先にある怒り1

 リグランの村へ戻ったのは、午後の陽が傾き始めた頃だった。

 森を抜け、舗装の甘い土道に差し掛かると、そこには確かに“空気の壁”があった。

 陽射しは暖かい。風も緩やかに吹いている。

 けれど、村の柵の向こう側から流れてくる空気は、どこか冷たい。


 タクマは、その違和感を無意識に肌で感じ取っていた。


 言葉も、怒号もない。

 ただ、沈黙があった。


 村人たちは、誰もが作業の手を止めなかった。

 目も合わせなかった。


 だが――その背中から漂う気配は、確かに「拒絶」だった。


「……昨日より、さらに冷たいわね」

 リシェルがつぶやいた。


「黒髪ってだけで、これだもの。あんた、よく平気ね」


「平気じゃねえよ」

 タクマは、わざと軽く返した。

 でも、その声には笑みも皮肉もなかった。


「けど……慣れてる。こういう空気。

 “異物扱い”されることには、前の世界でも慣れてたからな」


 リシェルはしばらく黙っていた。

 そして、ぽつりと口を開いた。


「ひとつ、言っておくわ」


「ん?」


「……この世界で“転移者”って言葉を、軽々しく使うな」

 タクマは立ち止まり、リシェルを見た。


「聞いたことあるわ。……あんた、自分で“転移者”かもって言ったでしょ? あのとき」


「ああ……うっかり、な」


「別に、責めてるわけじゃない。

 でも、これは忠告。

 “転移者”ってのは、昔、大きな戦乱を引き起こした元凶だとされてる」


「……まさか」


「本当よ。宗教的な話も絡んでる。“異界の者は、この世の理を乱す”ってね。

 黒髪も、その延長線にある。

 つまり、あんたは“転移者”って言葉と“黒髪”というだけで、二重にアウト」


「……笑えないな」


「笑い事じゃないから、黙ってたのよ」

 タクマは、一瞬だけ俯いた。

 前世――社長として背負っていた責任と偏見は、論理や成果で乗り越えられた。

 けれど、今目の前にあるのは、“言葉も届かない壁”だった。

 恐れ。伝承。封じられた歴史。

 それらが人々の目を曇らせ、真実すら覆い隠していく。


「……俺は、“転移者”って、口に出さない。もう」


「それがいいわ。

 “黒髪”だけでも、充分に重たい十字架よ」


 その言葉に、タクマはただ小さく頷いた。

 彼の視線の先では、農具を持つ中年の男が、ほんの一瞬だけこちらを見て――すぐに視線を逸らした。

 怒鳴りも、追い払いもない。

 だが、それよりも遥かに重い“無言の拒絶”が、そこにはあった。


 村の小さな神殿は、まるで納屋のように質素だった。

 木材で組まれた祠に、布で覆われた祈祷壇。

 その中央に、七神の紋章を象った石盤が静かに置かれている。


 セレナは、その前で膝をつき、儀礼的に祈りの姿勢をとっていた。

 目を閉じ、口は動かさず、ただ記録帳を魔力で開く。

 淡い術式が帳面に浮かび、神殿への遠隔伝信が始まる。 


 そのとき、背後から足音が響いた。


「……君が、調査官の方か?」

 声をかけてきたのは、神殿の地元神官――

 若くはないが、目に光を宿した男だった。名はヨラン。


「はい。聖堂直属の調査員、セレナ・ミルフォードです」


「なるほど。神の声を記す者か……」

 ヨランは、少し間を置いてから静かに言った。


「……君たちが村を助けてくれたことは、感謝している」


「ですが?」


「黒髪の青年は、何者だ?」


「旅の仲間です。詳細は、調査対象に含まれますのでお答えできません」


「彼の“感情波”が、周囲の魔力を強く歪めている。

 昨日の夜から、村の大気が……明らかに“濁って”いる」


「それは、彼の魔力が“感情に反応する”性質を持つためです。

 既に本部に報告済みです」


「……“感情”は、神々の理から最も遠いものだ。

 それが力になるなら、それはもう“祝福”ではない。呪いだ」


 セレナは、目を伏せた。


 彼の言っていることは、神殿の“建前”に沿っている。

 けれど、自分の目で見てきた現実とは、明らかに乖離していた。


「感情は、秩序を乱すのではありません。

 秩序が感情を押し潰すとき、人は崩れていきます」


「君は、記録者ではないのか?」


「記録しています。

 その上で、私は――“歪みの正体”を知ろうとしている」


 しばらく、静寂が満ちた。


 ヨランは視線を逸らさず、言葉を絞るように続けた。


「昔……この村には、感情スキルを持った子がいた」


「……」


「その子は、“笑っただけ”で周囲の魔力を騒がせた。

 誰かが怒れば、それを“自分の怒り”にしてしまった。

 最初は村の希望だと思われていた」


「その子は……?」


「……冬の日に、神殿へ送られた。

 それきり、戻ってこなかった」


 セレナは、記録帳を閉じた。


「あなたは……それを正しいと思いますか?」

 神官は、答えなかった。

 代わりに、彼は祈祷壇の布の下から、古びた鈴を取り出した。

 鈴は割れ、片側しか音が鳴らなかった。


「この鈴は……?」


「あの子の持ち物だった」


 セレナは、その鈴をそっと手に取った。

 そして、魔力を通さず――ただ、耳元で振った。


 しゃり……と、かすかに、

 音が鳴った。


 それは、どこか痛みを含んだ音だった。


 ヨランは何も言わず、踵を返した。

 セレナは、その場にしばらく留まったまま、鈴を見つめていた。


「感情は、人を救う前に“封印”される」

「それは、祝福の拒絶。記憶の切断」

「私は、“封印の正体”を見届けなければならない」


 記録者の祈りは、静かに新しいページに刻まれていった。

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