怒りの邂逅3
森の奥、戦いの後。
焼け焦げた地面には、黒い茨の残骸と、崩れ落ちた魔力の結晶が散っていた。
少女――“黒いローブの異能者”の姿は、既にない。
魔力の霧に紛れるように、気配ごと消えたのだ。
タクマは、拳をおろしたまま、しばらく立ち尽くしていた。
炎は、最後まで灯らなかった。
けれど、心の中には確かに“怒り”があった。
それを使うことなく、飲み込んだまま終えた戦い。
「逃げられたな」
リシェルが、苦笑まじりに言った。
「魔術的転移の痕跡はあるけど、かなり高度。……私たちじゃ追えない」
「目的が“殺すこと”じゃなかったから、まだよかったのかもな」
タクマは静かに言った。
「でも、あの子……確かに“誰かのために”動いてた」
「“祈り”の声がどうとか言ってたね」
「本気だったよ。だから、あれはただの操り人形じゃない。
あの子自身が、“その誰かの祈り”を信じてた」
その言葉に、セレナがゆっくりと記録帳を閉じた。
だが、開くことはなかった。
しばらく、無言のまま何かを考え――そして、そっと口を開く。
「私は、ずっと“観測者”でした。
この世界の“感情”という現象を、記録し、解釈するために派遣されている」
「……うん、そう聞いてる」
「でも、今日――私は観測できなかった。
あの少女の中の怒りも、あなたの中の沈黙も……
“ただ記す”だけでは、足りなかった」
タクマは驚いたように彼女を見た。
リシェルも、わずかに目を見開く。
「だから、記録とは別に――ひとつ、“言葉”を残します」
セレナは、胸元の小さな白紙の符に指を滑らせ、そこに“魔力を使わず”書いた。
それは、術式でも記録でもない。
ただの“ことば”。
「感情が、人を壊すなら。
感情が、人を繋ぐなら。
わたしは、そこに立ち会いたいと思った」
それは――彼女の“祈り”だった。
セレナがその紙を閉じてしまい込んだとき、タクマはふっと笑った。
「……あんたにも、そんな面があるんだな」
「“面”ではありません。これは、私の“意思”です」
その言葉が、タクマの胸に深く響いた。
森を抜けていく帰り道。
風が、どこか優しく頬を撫でた。
怒りは、まだ胸の奥にある。
けれど、それはもう剥き出しの衝動ではない。
「とりあえず、これで解決ってことでいいのか?」
「魔力の後始末だけすれば大丈夫でしょう」
そう言いセレナが術式をつぶやくと周りが白いとても綺麗な空間に包まれる。
「これが…」
「綺麗だな…」
思わず口に出していた。
これもセレナの戦い方。そして守り方。
“この手で、誰かを守るために使う”――
その決意と共に、タクマの中で新しい何かが静かに燃え続けていた。




