悩める怒り2
ギルド支部に戻ると、空気はさらに重くなっていた。
タクマたちが足を踏み入れると、数人の冒険者たちが一瞬だけ動きを止め、
その後、何事もなかったように目線を逸らした。
受付にいたのは、中年の男性職員だった。
リシェルが前に出て、きっぱりと告げる。
「依頼を確認したいの。村で“家畜の失踪”が相次いでるって話、出てるわよね?」
職員は、微妙に顔をしかめた。
「……あるにはあるが、正式な依頼として受理されているわけじゃない。
あくまで“相談”という形で寄せられてるだけだ」
「でも依頼は来てるんでしょう? なぜ正式案件にしないの?」
「村との関係を考えれば……あまり“大事”にはしたくないという声もあってな。
どうせ野犬か、小型の魔物の仕業だろうって話さ」
そのとき、ギルドの奥から一人の女性が現れた。
肩掛け布をまとった、農家風の中年女性。
その手には、ぎゅっと握られた小さな羊の鈴があった。
「あの、私が依頼した者です……」
リシェルが一歩前に出た。
タクマも一緒に頭を下げる。
「事情を教えてください。力になれるかもしれません」
女性は、ためらった。
しばらく逡巡したあと――意を決したように口を開く。
「うちの羊が……3日続けて姿を消してるんです。
柵を壊された形跡もない。足跡も見つからない。まるで、“消えた”みたいに」
「消えた……?」
「しかも、夜じゃないんです。昼間、目を離した隙にいなくなる」
「それ、魔物の仕業ではない可能性もあるわ」
女性は、目を伏せた。
そして、ほんの一瞬――タクマの方を見た。
だが、言葉にはしなかった。
ただ、受付の職員に向かって静かに言った。
「……お願いです。あの方には“なるべく近づかないように”お願いします」
空気が止まった。
リシェルが、顔をしかめる。
「どういう意味? タクマはあなたの家畜に何か?」
「ち、違います……! でも、その……村の子たちが、また怖がってしまうかもしれないから……」
曖昧で、言葉にならない配慮。
優しさを装った拒絶。
その言葉の後ろにあるものは、誰の目にも明らかだった。
タクマは、何も言わなかった。
リシェルが怒りかけたのを、手で制した。
「……依頼は、引き受けます。
それで構いません。俺に、構わないでもらって結構です」
女性は言葉を詰まらせたが、うなずいた。
その背後で、セレナが記録帳を広げていた。
そして、一行だけ静かに記す。
「怒りは、必ずしも爆発しない。沈黙もまた、怒りの形である」




