第三話 対面
約束の待ち合わせ場所に着くと
後ろから「内崎美沙だな」と呼ぶ声がした。
振り向くとそこには
背は少し高めで細見の男がいた。
決して優しそうな印象では無かったが、
目と耳に重なる位に伸びた髪の隙間から見せる
その眼差しからは、自信や野生を感じさせるような、
そんな男だった。
美沙「あんたがスモーク?」
スモーク「ああ、俺がスモークだ。ハッカーをやってる。
お前の電話番号を調べたのも、
ハッカーの技術を証明する為に
必要だったんだ。すまなかった」
美沙「だからって勝手に番号調べていい訳ないでしょ!」
スモーク「その通りだ。すまなかった」
美沙「……まあその話はいいよ。で、何がしたいの?」
スモークは自分の計画を話し始めた。
スモーク「俺は日本の少子化に興味があって、前から色々と
調べてたんだ。
俺の仮説だが、日本の少子化は自然の結果じゃなく、
何か、誰かに操作されてると思ってる。
お前は少子化に関心はあるか?」
美沙「え?まあ、うん……」
スモーク「日本の少子化対策はもう10年以上前から続いてるが
未だに十分な結果を出せてないんだ。
さすがに何かおかしいと思って調べてるんだが
有力な情報や証拠もなくて行き詰ってる。
何か新しい情報源が欲しいと思ってた時
お前のZの投稿を見つけたってわけだ」
美沙「それで私に接触してきたってわけね」
スモーク「ああ、編集長からボツ食らった時、
お前もおかしいと思わなかったか?」
美沙「うん。確かに、男なのになんで
男の差別を特集するのを嫌がるんだろうって」
スモーク「そこだ。それを調べれば俺が知らない何かを
知れるかもしれない。
俺はテレビ局には入れないが、ハッキングは出来る。
お前はハッキングは出来ないが、
テレビ局には入れるし、編集長にも警戒されない。
俺は情報を得て、お前もスクープのネタを得る。
どうだ、お互い利益になるだろ、協力してくれないか?」
美沙は(この男中々やるな。相互利益を提案して来てる)と思っていた。
そしてヤバい奴ではなさそうなので協力する事にした。
美沙「わかったわ。で、どうやって盗聴するのよ?」
スモーク「俺が盗聴マイクを持ってるからそれを使ってくれ
今から来れるか?」
美沙「来れるって何処に?」
スモーク「俺の家だ」
美沙「ハア!?な、な、な、何言ってんの?
今あったばかりの女性を家に呼ぶなんて
失礼だと思わないの?あんたデリカシーってもん無いの!?」
スモーク「あー確かにそうだな。
わかった郵便で送るわ。それでいいか?」
美沙「…………」
美沙はスモークのデリカシーのない態度にムカついたが、
家に呼ぶのを簡単に諦められる態度も、
私の為に必死になってないみたいな態度も、
どうでもいい女扱いされてるみたいでそれはそれでムカついた。
美沙「私、できる女なの。仕事も速いの。郵便だと時間の無駄でしょ?
だから行ってあげるわ。しょうがないから」
美沙は肩にかかる髪を左手で後ろに流して顎を上げ気味で答えた。
スモーク「そうか助かる。こっちだ。そう遠くない」
美沙「わ、わかってんの?あくまで仕事の為、時間を無駄にしない為だからね!
私会ったばかりの男の家に簡単に行くような男じゃ無いからね!!」
二人はスモークの家へ並んで歩く。
(何でこんな事になってるんだろ)
と美沙は思いながらもスモークと歩調を合わせる。
道中スモークは何も話して来ない。話題を振ろうとする気配も無い。
(普通こういう場合男が何か喋るもんじゃないの?)と美沙は思った。
さっきからこの男は、話は簡潔で知性も感じるが、デリカシーというか
優しさを全く感じない 仕事の延長みたいな態度の男だと思っていた。
美沙はポケットの中で防犯スプレーを握りながら、
まだ得体の知れないスモークという男と歩き続けた。
余りにもスモークが話しかけて来ないので美沙が話しかけた。
美沙「あなた仕事は何やってんの?」
スモーク「ん?デイトレードやってるよ」
美沙「だから自由な時間でハッカーやってるって事?」
スモーク「ああ、そうだ。」
美沙「…………(何か話を広げようとか思わんのかコイツ!)」
美沙「ねえ、知ってる?日本の少子化ってもう30年以上も続いてるんだよ?」
スモーク「ああ、ずっと同じような事ばっかやってずっとすべってると思う」
美沙「だよね、因みに最初の少子化対策って
1994年のエンゼルプランっていうやつなんだって。知ってた?」
スモーク「詳しいな。さすが報道記者だな。お前を選んで良かったよ」
美沙「そう?あ、それなんだけど、何で私を選んだの?
他にも女子アナとかいるのに」
スモーク「そうだな話しておこう。正直に言うよ」
美沙「え?え?」
美沙は告られるのかと思った。
スモーク「お前のZは頻繁にチェックしてた。お前の事が気になってて」
美沙「え?え?え?あの……」
スモーク「お前結構ジェンダー問題に関するネタを報道したり
投稿したりするだろ。
女性のお前には気分の悪い話かもしれないが、
俺は男女平等になるほど少子化になっていると思ってて、
それでジェンダーや女性の人権とかに敏感なお前を
警戒してチェックしてたんだ」
美沙「……ああ、」
スモーク「女性にとっては胸糞悪い考えだろ。だが少子化を
調べる上でどうしても重要な要素なんだ。すまない」
美沙「別に怒っては無いわよ。それで私を選んだって事?」
スモーク「ああ、それともう一つ、おまえの目だな」
美沙「え?目?」
スモーク「そうだ。さっき投稿しててだろ。子育て世帯だけじゃなく
独身にも税金使わないと不公平だって、
そこに気付く公平な目を持ってるお前を頼ったんだ」
美沙「それでさっきあのDM送ってきたの」
スモーク「そうだ。」
想像より少子化に真剣に考えてるスモークとの会話の中で
美沙は警戒心を少しずつ解かれていった。
そして目を褒められてるのかな?と思って一瞬喜んでしまった。
美沙はポケットの中で握りしめていた防犯スプレーを放し、
その手でスマホを手に取り
昼間に気になってた事を聞いてみようと
Zのトレンドランキングの画面を見せた。
美沙「ねえこれ知ってる?#日本国民安楽死計画ってやつ
9位に上がってる」
スモーク「それか。気持ち悪いトレンドだが調べてはない。
都市伝説マニアの噂かと思ってたがな」
美沙「そう……」
スモーク「確かに不気味だな」
美沙「うん、なんかね、今の日本の皆
将来に不安を感じてるんじゃないかって思うんだよね。
それでこんなキーワードが
出てくるんじゃないかって思うんだよね」
スモーク「確かに。少子化とも関係してるかもな」
美沙「少子化が止まったらこんなキーワード無くなるかな?」
スモーク「かもな、ところで……」
美沙「ん?」
スモーク「お前香水つけて来た?」
美沙「!!た、た、たまたまよ!たまたま!!」
スモーク「たまたまで香水つける事なんてあるかあ?」
美沙「わ、私できる女だから身だしなみもちゃんとするの!!」
美沙はもしかしたら、ホントにもしかしたらと思って
香水をつけて来た自分を恨んだ。
スモークの自宅に着き、玄関前でスモークが美沙に言う
スモーク「ちょっと待っててくれ。取ってくる」
美沙「うん。ん?」
美沙は、おいコイツマジか?と思った。
スモークが戻ってきて玄関を開けた
スモーク「これが盗聴マイク、アプリはこの紙に書いてるとこから
ダウンロードしてくれ。念のためイヤホンも持ってきた。
詳しい使い方は明日連絡する。質問はあるか?」
男の部屋の玄関前で上がれと言われずに帰されてる状況に
美沙の女性としてのプライドは踏みにじられた。
美沙「あ、あんた何言ってんの?ふざけてんの?
普通こういう時男は女を必死に部屋に入れたがるもんでしょ?」
と、玄関のドアを押さえて立ってるスモークの
肩や脇の下の向こうに見える部屋を、脱いだパンストとかつけまとか
女の痕跡が無いかと黒目をカメレオンのように動かして見ながら怒った。
スモーク「そうか?じゃあ上がってくか?」
美沙「え?……い、嫌よ 何言ってんのよ~」
スモーク「ハア?お前が帰らせようとしたら怒ったんだろうが!」
美沙「女を呼んどいて玄関で帰らせるなんておかしいじゃない!」
スモーク「なら上がってけよ」
美沙「嫌よ、ダメだってばぁ」
スモーク「どっちなんだよ!」
美沙「もう、わかったわよ帰るわよ。帰ればいいんでしょ!」
スモーク「……詳しい使い方は明日連絡する。
質問があれば聞いてくれ。解らないまま作業しないでくれ
いいな?」
美沙「わかったってば!」
そう言って美沙は帰り始めた。
自分でも言ってる事が矛盾してると思ってたが、やはり女として
自分を値下げする事はしたくなかったのでこうするしかなかった。
ドアが閉まり鍵を掛ける音が廊下に響いた。
(何かわざと鍵かける音聞かせる為に強めに鍵閉めたっぽくない?)
と美沙は思った。
つづく