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第8章 他人の恋のから騒ぎ。

少女漫画でよくある(てか、今どきはどうなんだろう…。ベタすぎる)展開きました。女子の集団がヒロインを呼び出して囲むって古典的なやつ。

名越は大変モテるという設定なのですが、ファンが遠巻きにきゃーきゃー言ってる『王子様』タイプでは全然ないので。本人と面識のないただの一般ファンガールから呼び出されるとかは基本ありません。よかったな、主人公。

むしろ対等に口を利く仲間面した一軍女子に常に囲まれてるタイプですね。ですからまあ、ただのクラスの友達が独占欲丸出しで同じ部活の子に絡んでいくとかはさすがにないので。いちゃもんを直につけにくる人はつまりストレートに恋愛絡んでる立場でしかないと思う。…頑張れ、ご苦労様。笹谷直織。

「ごめんね、食事中にいきなり。あたし2年6組の芦屋って言います。芦屋れみ。よろしくね」

「は。…ご丁寧に」

毒気をすっかり抜かれて4組の笹谷です、とごもごもと応じる。教室に迎えに来たんだからクラス知ってるに決まってんだろ、って自分に対する突っ込みはしばらくあとで思いついた。

彼女たちは言葉を違えず、わたしたちがお弁当を食べ終えるまで廊下で待っていてくれた。それはそれとして落ち着かなくろくに食った気がしなかったのは仕方のないことだと思うが。

連れてこられたのは窓際にある、ベンチやテーブルが置かれたフリースペース。ちょうど昼休みだから思い思いに生徒たちが固まって談笑しているが、うちの学校はこういう空間が人数比考えるとそこそこにあるので、座る場所もないというほどのことはない。わたしとクラ子は促されるままに窓側の片隅の席に座り、彼女らが話を切り出すのを待った。

向かいのベンチの真ん中に座ったのは、さっきわたしに声をかけてきたピンクのパーカーを羽織った子。

何というか、その羽織り方がまた独特で。わざとなんだろうけどややずり下げて両肩を出してる。だらしないとかじゃなくお洒落であえてやってるんだな、と一目でわかるのが不思議だ。ちゃんとイケてる女子な感じが滲み出てるんだよね、これが。

これがいわゆる一軍女子か。と感心してるわたしの目の前に座る彼女、6組の芦屋さんの両隣にそれぞれ腰掛けた女の子たちは無言のままで自己紹介はなしだ。おそらくわたしに話があるのは芦屋さんだけで、二人はただ友達の付き添いでついてきたってだけなんだろう。

数を頼んで加勢してくるつもりはないっていうのはありがたいけど、黙って向こうの両側につかれるだけでも圧迫感すごい。

クラ子が当然のようにわたしについてきてくれて助かった。じゃなかったら蛇の集団に囲まれたたった一匹のちっちゃいアマガエルみたいになるとこだった…。

その顔にほんのりメイクはしてあるけど決してあからさまではない。すごい特別な美形かどうかっていうよりもともと柔らかで感じのいい顔立ちに巧くメリハリをつけてさらに見栄えよくしてる、といった趣きの芦屋さんは、心を決めた。とでもいうようにすぅと軽く息を吸うとまっすぐこちらの目を見据えた。

まるで、こちらが何かためらったり嘘でごまかしたりする瞬間の揺れを絶対に見逃さない。とでも言うように。

「それで。…話があるのは、名越、くんについての。ことなんだけど」

ああ。

まあ、そうでしょうね。いかにもあいつの周りにいそうなタイプだもんね、とはさすがに口にできなくて。わたしは気の抜けた声ではあ、と曖昧にどちらともつかない相槌を打った。

だけど多分、この思い詰めた感じ。間違いなく恋愛絡みだろうと見当がつく。

そもそも揉める理由などわたしの方にはない。そのことが伝われば話が早く終わるんじゃ…という期待もあり、慌てて早口に彼女に向けて弁明を始めた。

「あの、わたし。あの人とは真面目な話何でもないです。普通に美術関係でしか繋がりのないただの…、知り合いなので」

友達、と言いかけてそれも正直おこがましいな。と思い直してその表現にとどめた。だって、友達らしい要素が二人の間に何かあるかっていうと…うーん。

大体。友人同士って普通、ある程度は対等というか。持ちつ持たれつの状態なのが当たり前じゃない?

なのにわたしは、あいつに世話になるばっかりでその見返りとしてはただ完成した絵を見せるだけ。いやそりゃめちゃくちゃ嬉しそうにスマホでいちいち写真とか撮ってるから、向こうはそれで満足なのかもしれないけどさ。

こっちはしてもらった分をちゃんと返せてる実感が全然、ないんだよなぁ…。

そういう気後れが微妙に意識の端っこにずっと引っかかってて、そのせいで自信持って友達を名乗れなかった。決して名越との繋がりを軽く見て、取るに足りない超薄い関係だと考えてるわけではない。

だけど、先方にはそんなわたしの些細なこだわりなどどうでもいいことだろう。あの二人は友人関係なのかそれともただの知り合いなのか?とか悩んでわざわざ確かめに来るわけがない。

話してる途中でそこに考えが及んで、駄目押しに重ねて付け加える。…何だか知らないけどこんな空気は耐えがたい。早く話を終えて帰ってほしい、まじで。

「…だから、その。付き合ってるとかそんな事実は本当にからっきしないんです。そういう面では完璧に無実ですので、どうかこちらにはお構いなく」

わたしなんかをライバル視するだけ無駄だし意味ないですよ。という姑息なアピール。

こっちとしても変な噂立てられて迷惑なんだよ!とか逆切れしないよう穏便に済ませて、何とかこれ以上深入りせずに無難にこの場をまとめよう。ともう目先のことしか考えていないのがありありだ。そして彼女の方はと言えば、わたしが下手に出てさっさと話を終わらせようとした策に乗る気配は微塵も見せなかった。

眉をぴくりともさせず、至極落ち着き払って短くひと言で言い返す。

「知ってます。それは」

「あー…。そうですか」

あまりにもきっぱりと、だけどその目にきっと力を込めて強い調子で断言されてどう反応していいかわからない。

だったらもう話すことなくない?例えばこれ以上彼に近づかないでくれとかここで訴えられても。

さすがにそれは知らないよ。としか答えようがない。

だって、わたしとしては完全に色恋抜きで名越とつるんでるわけだし。一緒に絵を描くという目的については他人にどうこう指図される筋合いはないと思ってる。

絵は一人で描くもんだけど、お互い気心知れてて自分にないものをたくさん持ち合わせてる敵わない相手と一緒なら刺激があってもっと楽しい。そういうことがわたしにもだんだんとわかってきた。

だから、異性同士だからってだけの理由であいつから離れてくれとか言われてもそれは知ったこっちゃない。向こうもこっちもそんな気ないのに意味ない、邪推し過ぎでしょ。ときっぱりと断るしか…。

「笹谷さんがあの人の彼女じゃないのは知ってます。だって、彼の今の彼女はあたしだから」

うだうだと切り出し方を考えあぐねているうちに爆竹くらいのちっちゃい爆弾をかまされた。

「あ。…そうなんですか」

なんだ。

わたしの隣に座ってるクラ子が、小声でえー。まじ?と何とも言えない不服そうな調子で呟くのが聞こえた。

こいつはかねがね宣言してる通り名越の顔ファンだから、じゃあ推しに実際に手を出した女か。くらいの感覚なんだろうな。

でも、わたしにとってはそういうの全然関係ないので。この人が彼女だっていうんならそれでそれでいいじゃないか、何が問題なの?としか…。

「それは。…よかったですね」

お幸せに、というつもりで上辺の愛想混じりに付け加えると、芦屋さんはふん。とどっちともつかない曖昧な声を漏らして面白くなさそうな表情で軽く背もたれの上にそっくり返った。

「別に。あたしの方から付き合って、って言ったの。そしたら匡親がうん、いいよって。それで付き合うことになって」

「なるほど」

別に、それはそれでいいんじゃないか?

女の子の方から告白して、って特に今どき珍しいってことでもないだろうし。始まりのきっかけがどっちからかなんて、そんなに気にかけるほどの話でもないのでは?

彼女のむすっとした顔が引っかからないこともなかったけど、ここで話をややこしくしたくなかったので。わたしにしては珍しく精一杯にこやかに迎合して会話を先に進めようとした。

「そういうことなら何も、彼の気持ちを疑う必要なんかないのでは?あれで案外浮気とかしそうなほど女好きには見えないし…。申し込んだのはあなたの方からかもしれないけど、それを受けたのはやっぱりあなたのことが好きだったってことでしょ、彼も?」

「それはない。自分は他に好きな相手いるけどそれでも良ければって答えだったの。だからそれでもいいよって。…それで付き合い始めたから」

きっぱり言い返されて一瞬意味がわからなくて戸惑い、そののちどん引きした。…どんな会話してんだ、高校生同士で!爛れてんなぁ。

「はあ…、それはまた。なんか、自由ですね…」

まあいいんじゃない?そういうカップルがいても、としか言いようがない。別に、他人のことだし。わたしなら嫌だけど。

隣で微かにふ、と小さな声がしたけどそっちに目をやらないよう気をつけた。絶対に今、クラ子のやつほくそ笑んでる。もうちょっと隠せ、そういうのは。だだ漏れ過ぎだろう。

「まあ、いろんな考え方があるから。人によるとしか…。お互い了承の上でなら全然いいと思いますが」

それがわたしと何の関係が?と次いで訊きかけたのを引っ込めた。これ以上話が長くなるのが見え見えな振りをしたくない。

だけど、先方は敏感にこっちが飲み込んだ台詞を察したようだ。目を不穏にきらりと光らせて何か言いかけた芦屋さんを、意外にも彼女の右隣りに座ってる友達がいらいらした声で遮って先にわたしに感情をぶつけてきた。

「いや、関係ないみたいな顔してしらっとしてんじゃないよ。名越が好きなのってだって、あんたでしょ。それは知ってて言ってんの?」

「は」

何怒ってんのこの人。自分のことでもないのに、こわ。

よく少女漫画とかで見る、友達の恋愛問題で味方面して本人よりエキサイトする女の子ってリアルで初めて見た。まあわたしの仲良いやつにはその手のタイプいないし、そもそも人生において恋バナが出ることすら稀な状態だからな。

「それはないでしょ。あなたたち名越本人からそう聞いてるの?」

わたしも疾しいところはないので一歩も引く気はない。ここで集団で責めれば弱々しく謝るだろうとか思われてるとすれば心外だ。

こっちの冷静さが癇に障ったのか、さらに何か言い返そうと口を開いた友人を手で制して芦屋さん本人が答えた。こっちは頭の中を整理してこの場に出てきたのか、表情や態度から見るに思ったより落ち着いてるようだ。

「それが誰かは教えてくれなかった。でも、付き合ってればわかるよ。他に二股かけてる相手はいないって…。だって、あんなに忙しい人なんだし。バンドもやって友達とも遊んで美術部も通って。わたしと会う時間を作るのもいつも大変そうなんだから。この上他の女の子とも同じように付き合うの、さすがに無理でしょ」

「はあ。…多分」

あなたと会う時間を確保するよりも本命と会うための時間を作る方が優先されてるだけなんじゃ…と無情な可能性が頭に浮かびはしたがさすがにそれは口に出さずにおいた。

横の友達はともかく、この芦屋さんて子がめちゃくちゃ嫌な性格とは特に感じない。思い詰めてて余裕ない様子ではあるから、多少の険を感じるのはそのせいだろう。

だから何もわかりきってることをあえて言葉にして追い詰める必要はないって気がした。それはそれとして、あいつがいくら何でも忙しすぎる。という彼女の見解には同意だ。

もしかしたら寝る間も惜しんで夜な夜な本命の相手と逢引きしてる…という可能性はもちろん、ないでもないが。

普通に常識的な時間帯にデートしてると仮定したら確かにいつそんな時間確保してるんだ?と不審に感じるのは否めない。

それはやつのプライベートな時間をかなりの割合で共にしてるわたしの実感だから、あながち間違いでもないだろう。あんなにみっちり予定詰まってるのにこの子と会う時間律儀にちゃんと作ってたんだなと感心するくらいだ。まあ、わたしに今日は友達と遊ぶと言ってたうちのいくらかは芦屋さんと会ってたんだろう。そんなの、彼女とデートだって素直に言えばいいのに。

「…まあ。個人的なことまではよく知らないけど、あなただけなんじゃないですか?彼が付き合ってるのは。わたしはあの人とは本当に美術関連のこと以外は何も知らない間柄なんだけど。わざわざ隠れて二股かけるほど特別女の子好きって感じでもないよね…。そんなに心配しなくても、今上手くいってるのならそれでいいのでは?」

もしかして、美術部や絵画教室で一緒になることの多いわたしに普段の様子を聞きたくて来たのかな?とひとり合点してやや声が柔らかくなる。

気を取り直して安心したらお引き取り願えるのかなって期待があってのことなのは否定しないが。恋する女の子なんてとにかく不安なものらしいから、慰めて落ち着かせてあげればそれで済むのかなって甘い考えもあった。

彼女は気分が和らぐどころか、むしろわたしの慰め顔が癇に障ったんだろう。きっと顔を上げてこちらを見据え、強い調子で言い募る。

「さっきも言ったけど、だから二股されてるかもと心配してるんじゃないの。つまり彼の好きな人はそれ以外にいるってこと…。どう考えてもそれってあなたじゃない?一番一緒にいる時間が長いでしょ、誰よりも」

「そう…、そんなこと。ナイデスヨ…」

授業中はクラス違うから別だし…。6組ってことは同じクラスにいるあなたの方が、とか考えたけどうっかり口にしたら噛みつかれるなこれ。そういう話をしてるんじゃない!って。

この前忠告してくれた美術部の二人の言った台詞が脳裏にちらつく。今隣でわたしをそっと肘で突いてるクラ子が言いたいのも同じ内容だろう。周りからどういう目であんたたちが見られてるか、もう少し意識しといた方がいいよ。と。

でも、ここでめげるわけにはいかない。と再び気力が頭をもたげてきてわたしを奮い立たせる。

だって、まじで掛け値なしの無実だもん。こっちにも名越にもそんな感情はかけらもない。そのことは自信もって断言できる。

だとしたら誠実に正直に、そのことを心の底から切々と訴えて信用してもらうしかないんじゃないか?逃げや策を立てるよりその方がずっと信用を勝ち取れそうだし、話も早い。

「…わたしはあの人に絵画教室を紹介してもらったし、美術部にも勧められて入った。だから美術に関する面では一緒にいる時間が他の人より単純に長いってことは言えます」

そこを否定してもしょうがないのでまず認めるところから。あんまり事実関係で揉めると友達と協力してわたしたちがどれくらいの時間一緒に行動してるか、正確なデータ取ってきて叩きつけられかねない。そうなるとまたいろいろ面倒くさいので。

「…でも、だからといって二人の間に何か特別な感情があるとは。正直全然思えない。こっちからだけじゃない、向こうからも。逆に言えばこれだけ一緒にいる時間が長いのに、何の矢印も波動も感じないんだよ?それっぽい言動で匂わされたこともただの一度もないし」

本当これ。美術室で二人きりになることも絵画教室から連れ立って送ってもらう帰り道も、誰にも邪魔されない時間はいくらでもあるのに。

そこで何も言われない、仄めかしもないってのはつまりそういうことじゃないか?

わたしは話しながらつい自分で説得されてしまい、彼女の前で真剣にその論をさらに力説してみせた。

「ほんの少しでもそういう気持ちが相手にあるんなら、ちょっとくらいはこっちにも伝わるものがあると思うんですよ。だけどあの人からはそういうの感じたことまじでこれっぽっちもない。言葉でも表情でも態度でも、恋愛感情みたいなもの仄めかされたこと一度もない。これってかなり、信憑性あるって言えないですか?」

少なくともわたし自身はこれを真実だと考えてる。そのことが語り口で伝わったのか、芦屋さんの曇った眉根に微かな綻びがのぞいた。

「本当に。…好きだとか、待つからいつか将来的に付き合ってとか。言われたことない?」

「全然。ぜんっぜんですよ、そんなの」

わたしが力を込めて強調すると、何故か隣に座ってるやつの方から安堵のため息らしき気配が…。てか、クラ子。ただの顔ファンかと思ってたらお前案外まじなのか?

わたしの言うことを信じたい気持ちといや、ただの口から出まかせのごまかしなんじゃ…という疑いが彼女の脳裏で交錯してるのが手に取るようにわかる。両側の二人の友達も心配そうに芦屋さんの様子を見守ってる。

その表情を見るに、この人たちが芦屋さんの味方で何とか力になりたいと考えてるのは本当のことなんだろうなって気がしてきた。友達のために頑張るわたし、って意識がちょっと強く出てるようには感じるけど。その心配がまるで嘘ってことはないと思う。

しばしうーん、と思い悩んでから彼女は、それでもまだ信じきれない。とばかりに拭えない疑いの言葉を絞り出す。

「だけど、…でも。ただの友達にしてはさすがに。不自然に何でもかんでもしてあげ過ぎじゃない、笹谷さんに対して?匡親ってああ見えて、案外まめじゃないとこあって。誰にでもあんな風に、細かく気を遣って付き添ったり手助けしたりってキャラじゃないんだよ?」

一見、いかにも気が回って誰にでも親切で何でもしてくれそうだけど。ほとんどお愛想ばっかりというか、調子いいだけで口ばっかりなんだから。とここぞとばかりに文句を並べる芦屋さん。うん、やっぱ付き合ってると。いろいろあるんだね。

「だからあなたは他と違って特別な気がする。恋愛感情じゃないって言うんなら、笹谷さんにあそこまで入れ上げて尽くしてるのは何で?」

「尽くされてる、…かなぁ」

そういう表現はさすがに言い過ぎでは。

曖昧に呟いて首を捻りはしたけど、まあ彼女がそう言いたくなる気持ちはわからなくもない。

仮にも正式に付き合ってて彼彼女同士なのに、自分よりも他の女に費やす時間と手間の方が断トツに多い。向こうの方が好きだからなんだと考えたら説明がつくように思ってたけど、どうやら恋愛絡みの動機ではないように思えてきた。

だったら何か他に理由があるんでは?と知りたくなるのは致し方のないことかもしれない。

わたしは考え考え、彼女の理解が得られそうな言い回しを選んで遠慮がちに説明を試みることにした。

「えーと、本人が言うには。…わたしの絵を一枚でも多く見たいんだそうです。そこまで?と自分でも、今ひとつ納得いかないんだけど…。わたしは放っとくとちゃんとした作品描こうとしないし、いろんな技法を身につけようと積極的に努力することもしないんで。何かと手を回してその都度背中を押してやらないと、新作が見られないから。…って…」

間違ったことは言ってないよな。とやや上目遣いに自問自答しつつぼそぼそと言葉を絞り出す。

少なくとも今口にした台詞は全部、名越その人が実際にわたしの前で言ったものだけだ。自分で都合よく創り出したり意訳で拡大解釈したりした表現は含まれていない。

どの程度本気かどうかはともかく、やつがわたしに構う理由としては作品以外には何もないことだけは明らかだ。そのことを主張するしか潔白を証明する方法はないのだが。

喋りながら自分でも、途中でなんか自信がなくなってきた。…だって、そんなことある?常識で考えて。

案の定、言葉に勢いがないのを察知したのか。芦屋さんではなく隣に座ってる友達、今度はさっきと反対側のちょっと童顔気味の女の子の方が率直そのもの。といった態度で遠慮なくずばりと突っ込んできた。

「えーでも。他人の描いた絵が見たいってだけで、普通そこまでする?よく知らないけど絵の教室を紹介して自分も同じ日に通ったり。あなたを美術部に入れて文化祭に出展させるだけのために自分も部室に通って、わざわざ一緒に制作したりしてるんでしょ?」

それは。…そうなんですけど…。

その女の子は、あたしは美術とか素人だけどさ。と前置きしてからこっちを見据え、子どもじみた素直さでまっすぐに切り込んできた。

「そもそも名越って、自分がめちゃくちゃ絵が巧いじゃん。こないだの体育祭で立て看見たけど、他のどのブロックのより実際すごかったよ?まるで本物みたい、プロの描いた絵みたいだった」

「…うん」

麒麟(空想の瑞獣の方)の本物ってなんだ。という突っ込みが再び頭をよぎるけど、茶化すようなまぜっ返しは今、ここで口にするべきじゃない。確かに。とわたしは粛々と頷いてみせた。

名前も知らない童顔のその子は、無邪気そのものの口調でわたしに重ねて尋ねる。

「笹谷さんってどういう絵を描くのか知らないけどさ。さすがに、名越より巧いわけじゃないんでしょ?あんなに絵が巧い人、そうそう他にはいないよね?」

ぐさ。…まあ、事実そうなんだけど。

「そりゃもう。あの人ほど技術のある人、滅多にいないでしょ」

素直に同意すると、ますます子どもじみた率直さ丸出しで彼女はどストレートを真ん中にぶん投げてきた。

「あたし絵とか描かない方だからよくわかんないんだけどさ。あんなに巧くっても、自分よりぜんぜん下手な人の絵になんか。そこまでして入れ込むもん?」

う。…豪速球。

あまりにも他意のない思ったままの素直な疑問に、その場にいるみんながまあ…、それはそうだよね。何でそこまで?と微妙に影響されたのが伝わってきてつらい。

てか、それってわたしがこれまで密かに繰り返し疑問に思い続けてきた内容そのままだから。

誰よりも自分が本気で、あいつの執着の理由がわかんねー!とずっと納得いかずにいる。

わたしの絵なんか、名越のと較べたら全然大したことないのに。あそこまで何でもちょいちょいと完璧に描写できる腕の持ち主が、何だってわたしの拙い新作を次々見たい。なんて理由で時間や手間やお金を注ぎ込むんだろ?

本音では常々そう思ってた、まさにその点を突かれてこちらとしてはぐうの音も出なくなってしまった。

「それは、…わたしには。何でかワカリマセン…」

もう、本人に訊いてくれ。

名越との画力格差という核心に触れられ一気にライフが激減してがっくりしてしまったわたしをよそに、ふと他のことに気を取られた。とでもいった様子で小さく独りごちる芦屋さんの言葉が耳に届いた。

「…だけどさあ、それはそれとして。あたしが匡親に好きな人がいるって言われたのは事実なんだよね」

彼女が言うならそうなんだろう。わたしは名越といてそんな話題になったこと一度もないから、その辺のことは何とも言えない。

芦屋さんは目の前のわたしやクラ子、それから両隣にいる自分の友達の存在も忘れたみたいに真剣な顔つきで俯いて呟く。

「告白を断るためだけの口から出まかせだったとは思えない。だって、だとしたらそれでもいいよって答えたあたしとそのあと実際に付き合ってることの説明がつかないし…。もしも笹谷さんの絵だけが好きで本人目当てじゃないってのが本当の話だとしても。…それで何もかもが解決とはいかないのがまた…」

そこでふと何かに気づいたかのように顔を上げ、何故かわたしにまっすぐ視線を向けてこっちに自問自答じみた質問を投げかけた。

「だって、彼の本命が一体誰なのか。っていう謎は全然解決してないんだよ。てっきりそれが笹谷さんだと信じて疑ってなかった。…あなたじゃないってのが事実なんだったら。それじゃ、匡親が本当に好きな人って。…誰?」


「ね。…さっきあの子が言ってた話。あんたどう思う?」

何となく消化不良に終わった会談がなし崩しに解散になり、クラ子と連れ立って教室に戻る途中。

横に並んで歩くわたしの友人は、周りに聞こえないようそっと長身を眺めてひそひそとわたしに囁きかけてきた。

よりによって学校全体の人気者にまつわる話だから声を落とす気持ちはまあ、わかる。心なしかその声が弾んでるように思える理由はわからない。

現彼女に反撥する素振りを見せたりわたしがあいつの本命じゃない。って知ったらあからさまに安堵のため息をついたりするから結構本気なのかなと思えば。名越の本命が他にいるらしいってなったら今度は落ち込むどころか野次馬根性丸出しで興味津々なのか。一体どっちが本音なのか、わけのわからないやつだ。

まあ、どのみち大して落ち込んでる風ではないので同情は無用。と判断し、歯に衣着せぬ辛辣な言い回しで遠慮なく返した。

「誰だったとしてももうわたしたちには関係ない話でしょ。わたしじゃないことははっきりしてるし、まさかあんた。自分がそうかもって手応えあんの?」

「ないよ。あるわけないじゃん、そんなの。向こうはわたしの名前すら頭に入ってないんじゃない?」

別に自虐っていうほど堪えた様子もなくけろっとそう答えるクラ子。何なのこの子、心が強い。

もっとも後日名越と話してる折に、ほらあんたと同じクラスの仲良い子、確か倉橋さんだっけ。あの長身で綺麗系の子。と当たり前のようにやつの口からすらっと名前が出てきたので、彼女が卑下するほど認識されてないわけじゃないことはわかった。それはそれとしてその話し振りからは特別この子に対して脈がありそうな感じはまあ、しなかったけど。

さくさくと教室に戻る廊下を長い脚ですっすっと進みながら、クラ子は平然と続けた。

「自分が彼の本命かもなんて夢はさすがに見ないよ。けど当然興味はあるじゃん。ね、誰だと思う?一緒にいる時間が長いポジションの人間として、とりあえずなんか心当たりないの?」

絵画教室の人とか、美術部の子とかさ。とわくわくが止まらない声で探りを入れられても。

「うーん…」

気の乗らない相槌を打って、とりあえず考える振りで腕を胸の前で組む。

「美術部はなぁ。あいつが他の部員と絡んでるの、正直見たことない。もともとそれぞれが独立独歩過ぎて挨拶くらいしか交わさない風通しの良さだけど」

「何それ。そういうの、風通しいいって言う?」

仲良くならないんなら部として固まってる意味ないじゃーん、と当然な突っ込みをかまされてしまった。うんまあ、そうなんだけどね。

「部活に属してるのは美術室ってインフラを自由に使うためで、友達作るためじゃない人が大半な風潮だから…。人付き合いが最低限でも誰も気にしない空間って、コミュ障には居心地いいんだよ。逆に名越とかはがちのコミュ強だけど、実は本人は特にコミュニケーション必要としてない人間だから相手が気にしない人なら自分からは行かない。下手したらわたしの方がまともに挨拶くらいはしてる方。…だから、知ってる限りでは。仲のいい部員とかは特にいないかな…」

男女限らず。…そうか、これって対象は女の子に限らないんだな。そう考えると一気に範囲が広がるか。

それに、普段仲良くしてるかどうかも実はあんま関係ない。だって内心のことだから、ひと言も喋ったことない目も合わせない相手でも表に出さないだけで本心では無茶苦茶好きかもしれないし。

うーん、考えれば考えるほど。これって名越のこと多少知ってる程度の距離感の人間には当てるのまず無理ゲー、って難易度じゃない?

「絵画教室…、は、もっと難しいか。そもそもキッズコースと違って成人コースは人数がぐんと少ないらしいし。わたしは教室で他の生徒さんと顔合わせたことほとんどないな、名越以外には。なるべく曜日と時間が生徒同士重ならないよう調整してるらしいよ、一回のレッスンの人数多過ぎると細かいとこまで目が行き届かなくなるからって」

「ふぅん、じゃあそっちでの顔見知りとはないか…」

納得しかけるクラ子の方を見ずにわたしは素っ気なく肩をすくめる。

「それが、そう簡単でもない。名越はわたしと違って小学生のときからのあそこの生徒だからね。そのとき一緒だった子とかも可能性あるかも。キッズコースはみんな同じ教室に集めて集団でレッスン受けるらしいから」

「えーそんなこと言い始めたら。何でもありだよ、中学校とか小学校のときの同級生とかもあるってなっちゃうじゃん!」

むくれるクラ子。わたしに怒りをぶつけられてもなぁ。

「だから、そう言ってる。さっきから…」

とてもじゃないけどわたしたち程度の知見で、名越の全てを捕捉するのは無理だ。

大体、あいつの恋愛対象が同年代の女子に限定されてるって前提がまず楽観的に過ぎる。男かも知れないし中間というかどっちつかずかも。

対象年齢だって、まあ何となくペドフィリアではなさそう…って気はするが。逆にめちゃくちゃ大人相手でも物怖じせずがんがん行くタイプには、正直見える。

そうか、芦屋さんが自分以外の女と特に会ったりしてる様子はないみたいなこと言ってたけど。常軌を外れた時間や場所、例えば深夜にバーとかあるいは相手のひとり暮らしの部屋とかで会ってたらわたしたち堅気の女子高生には察知できないよな。本命の恋人が大人ならそれができる。

つまり…、そう。この件については。

「結局、考えても意味ない。どうせわかるわけないよってことじゃない?」

わたしは早々に音を上げた。

「他人の内心のことなんてどうにも測りようがないし。隠そうと思えばいくらだって隠せるしごまかせる。そもそも、他に好きな人がいるって言ったのだって本当かどうか…。付き合ってもいいけど束縛はされたくない、自由でいたいから適当に思いついただけのただの口実かもよ?」

口から出まかせに喋りながら、なんかあり得るなこれ。と我ながら説得力を感じてきた。

こういうことをしそうなやつかって言えばそんな気もする。もちろん、わたしの知ってる名越なんて彼という人物のほんの一面に過ぎないって自覚はあるから。何とも言えないけど。

諦めてぱっ、と軽く両手を挙げてみせてお手上げ。とジェスチャーを示す。

「わたしはもうこの件はいいや。そもそもそこまで関心もないし。あいつに好きな人がいようがいまいが関係ないもん。クラ子は興味あるなら調べてみれば?」

「あんたが無理ならわたしなんてもっと無理だよ。彼に対するとっかかりがないもん。…あ、でも。そうは言うけどさ」

わたしに押し付けられかけて自分もさほど真剣に気になってるわけじゃない、とばかりに投げ出そうとしかけてた。けど、急にぱっと何か思いついた。という顔つきになって、こちらに向けて目をきらん。と輝かせる。

「さっき解散するとき、結局彼の本命が誰かはっきり解決しなかったから。何だか向こうの子たち、すっきりしないって顔してあんたのことまだ疑わしそうに見てたよ。あの感じじゃ問題は燻ったまましばらく引きずりそうだよね」

「知らんよそこまで。わたしのせいじゃないし、そんなの」

そこまで気になるならあの人たちが頑張って彼の本命を突き止めればいいじゃん。

むくれて小声でそう毒づくわたしに、まあまあ。とクラ子は口先だけ穏当に一応宥めてみせ、半分面白がって付け足した。

「だからさ。これ以上面倒ごとに巻き込まれないようにって考えたら、彼の好きな人が誰だかはっきりさせるのも無駄なことじゃないと思うよ。確認してみたらそれはやっぱりわたしじゃありませんでした!って胸張って言い切れるもんね。次にまたあの子らに絡まれたら今度は堂々と潔白を主張できるように。先手を打っておくのも対策として有効じゃない?」


クラ子のそのアドバイスの裏の意図はどう考えても単に言ってる本人が知りたいだけというか。真面目にそこまでするほどのことか?としか思えなかったので、もちろんわたしはその件で名越に対して追及する気なんか端からなかった。

大体、どうやってその話を切り出せばいいんだ?あんた好きな相手が別にいるのに女の子に手を出してるんだってね、こないだその彼女が犯人探ししてわたしにいちゃもんつけに来たんだよ。ってか?

そんな話をしたら芦屋さんが彼氏の友達に独断で突っ込んでいった事実が名越にばれてしまう。何となくそれは、彼女の暴走を言いつけたみたいな感じになって大変後味が悪い。

あの女、わたしのことをチクったんだ。とまた変な恨みを買っても面倒だ。もう何も聞かなかったふりをしてこの話についてはスルーして終わらせるに限る。

そう思ってたくらいだし、結局やつと正面切って彼女の話をする羽目になったのは完全にわたしのせいじゃない。向こうからわざわざ会話の中で持ち出してきたからだ。

「そういえば。…この前芦屋があんたんとこ突撃してったんだって?悪いね、迷惑かけて。びっくりしただろ?」

「そりゃまあ。…驚いたけど」

むしろこうやって絵を描いてるときに、前触れもなく平然とその話を振ってきたあんたの方が驚きだよ。

もっと気まずいとか申し訳ないとかそういう感情ないのか。と思ったけど、その辺やはり凡百の普通の感覚じゃない気がする。全く筆を操る手を止めずにただこの瞬間ふと思い出したから。ってくらいのテンションで淡々と、大して済まなさそうでもなく謝った。

「あんたが友達と一緒に連れ去られて共有スペースで集団で吊し上げられてるとこ、俺の知り合いがたまたま見てて教えてくれてさ。芦屋に確かめたら珍しくちょっと逆切れして、話になんなかったよ。もっと落ち着いててあんまり我も強くない、物分かりのいい子だと思ってたのになぁ」

こいつから見たらそんな評価なのか…。それにしても他人事のような、素っ気ないその口振りに引っかかって思わず言わないでいいことをぽろりと吐いてしまった。

「物分かりがいいってつまり、好きな人が他にいても構わない。なんてめちゃくちゃで常識破りな条件を言いなりに受け入れられる子だから。…ってこと?」

口にしてから、これは言ってよかったのかな。芦屋さん当人から聞いた話で特に口止めもされなかったけど。デリケートな私的なことって言えなくもないし、自分たちだけの間の話を他人に勝手に暴露しやがって。とか彼女が名越から不快に思われたらどうしよう、と一瞬ちょっと心配になったが。

実際には恋人同士の私的領域にずかずか踏み込むノンデリなわたしのその突っ込みを何とも思った様子もなく、いとも当たり前って顔つきでやつは平然と受け応えて返してきただけだった。

「うん。だって、そんな条件にOK出せるってことはつまり、面倒なことは言い出さない。相手にとって自分が最優先じゃなくても文句言わないってことだろ?もっと遊び感覚というか。軽い感じで付き合えるって意味だと思ってたのに…。なのに、俺の周りの親しい相手にわざわざ噛みつきに行くなんて、そこまで重いと思わなかった。普通に考えて話が違うよね、ってならない?」

怒ってる、とか苛ついてるならまだわかるけど。その口振りからは本当に呆れてるとか愛想が尽きてるって感じのやれやれ、しょうもないなぁって肩をすくめた程度の反応しか伺えない。

こっちにとってはそれこそ完全に他人事だし、二人が互いに納得してる関係性なら正直どうでもいいんだけど。何となくわたしのせいでこいつから彼女へ

の評価が落とされたみたいで寝覚めが悪いな、と思ってつい擁護するような口を挟んでしまう。…それはそれとして、基本的には制作の合間の雑談でしかないから絵の具を丁寧に塗り重ねる手と目は止めないままだ。そこまでわたしにとって真剣な話のネタではないし。

「いやでも、正式に付き合ってるのなら相手の周囲の人間関係に対していろいろ言いたくなることもあるでしょ。人によるかもだけど、他の異性が彼氏のそばにいたら気になるとかはあるのかも…。まあ、そういう人もいてもおかしくはない。多分…」

自分だったら異性とはいえ彼氏の友達に、頭飛び越して勝手に直談判はしないかな…と思うとつい、台詞の後半の勢いが削がれてごにょごにょと濁して終わってしまった。そのへんの感情の揺らぎを見抜かれてずばり、正面から突っ込まれる。

「笹谷だったらつまり、同じ状況と立場だったら。付き合ってる彼氏の異性の友達に絡みに行ったりはしないってことでしょ?やっぱり、まともな子はそんな変なことしないんじゃん」

いやまともな子はそもそも。そんな条件呑んでまで誰かと我慢して付き合ったりはしないんだよ…。

「わたしなら他に好きな子がいるって言われたらそれでもいいから付き合おうとは思わないから。彼女と同じ立場になることなんかまずない」

不毛な話だ。と考えながらごく当たり前のことをきっぱり断言すると、何故か名越は作業する手と目を止めないままでふっと満足そうに目許を緩めた。

「…そうだよね。笹谷ならそう言うと思ってた」

それきり言葉を切って、やけに機嫌よさそうに何かを口ずさみかねない勢いで楽しそうに絵の具をぺたぺた塗りたくる。どういう意味だよ。

「ん?…わたしはその辺融通が効かないやつだから。さすがにこんな女とはまあ自分は付き合えないなってこと?」

「違う、そうじゃない。あんたはやっぱり自分を安売りしないんだなって。そのままでいてほしい」

やけにはっきりと言い渡された。皮肉とかいう口調ではなくて、本当にそこを評価してる。とでも言いたげな様子で、どうやら本人は褒めてるつもりらしいけど。

「…名越がもし仮にそういう価値観の持ち主なんだったら、彼女にも同じように言ってあげたらいいのに。他に好きな人がいるやつでもいいとか簡単に言うな、自分を大切にしなよって言ってあげた方が。向こうのためにもなるんじゃない?」

つまり、好きな相手がいるんならそれ以外の女の子と気軽に付き合おうとするあんたがそもそも害悪じゃないの。と表現は遠回しかつ口調は遠慮なく突き放すように言い放ってやったが、名越という男はこれくらいで心が挫けるような玉じゃない。まるで堪えた風もなく、悪びれずぬけぬけと言葉を返してきた。

「だって。別に芦屋だけじゃないよ。俺は付き合う相手にはいつもちゃんとそう断ってる。だからそういうのが嫌な子は去るし構わない子は残るって構図なんで。嘘はついてないからいいんじゃない?正直運営だよ」

うわぁ。…まじ害悪。

確信犯か、と内心で呆れ果てつつ閉口した。まあ、わたしには関係ないことだから。お互い同士納得し合ってのことならそれでいいんじゃない。で済ませてもいいのかもしれないけど。

「…でもさあ。騙して付き合ってるわけじゃないからそれでいいと、そりゃあんたは考えてるのかもしれないけど」

ここの色あいどうしようかな。大体こんな感じ、と見当をつけて塗り始めたけど実際に見てみるとちょっとイメージが違う。と首を傾げてじっと悩みつつ考えてる。その一方で自然と感じたことをぽろりと吐き出してしまっていた。

逆に頭の中が目の前の絵の仕上げのことでいっぱいな分、口は油断して緩んで本心が溢れてしまったらしい。ああまた余計なことを、と意識の片隅で思うけど。ブレーキが効かず勝手に言葉がぼろぼろとこぼれていく。

「…本気で心の底からあんたに別に好きな人がいてもいいとか思ってるわけじゃないじゃん。それを我慢しさえすれば付き合える、って考えて渋々仕方なく認めて、理性で自分を抑えてるってことでしょ。…頭では納得したつもりでもそりゃ、だんだんと不満が募っていくって。押し込められた感情が時折、ぶわっと歪な形で吹き出してきても。別におかしくはないんじゃないの?」

「…笹谷でもそういう気持ちってわかんの」

やや間があって、平坦な調子で差し挟まれたその短い台詞にはどんな気持ちが込められているのか。

他人事なのに思いの外の長丁舌に呆れてるのか、らしくないと訝しんでるのか。それとも自分と関係ない件へわかった風に頭を突っ込んできやがって、と皮肉を仄めかしてるつもりなのか。

向こうもじっとキャンバスに視線を据えたまま手を動かしつつの会話なので、いろいろと意識がお留守なんだろう。てか、こんな作業に集中しながら片手間に話し合うようなことではない気がする、これってお互い。

「同じ目に遭ったことないならわかるわけないだろ、って言われたらそれはまあ…。けど、人間同士なら普通に想像できる範囲でのことならさすがにわかるよ。他に好きな人がいても構わない、って条件を呑む人って別に気軽で遊びだから了承するわけじゃないでしよ。それでもいいから、って縋るような気持ちだとしたら。軽いどころかむしろ普通より重いのでは?」

一応、穏当にごく常識的な意見をやんわりと伝えたつもりだったけど。

暖簾に腕押しというか、蛙の面に水というか。名越には全くこちらの意図が伝わる気配がない。何なのこいつ、サイコパスか。

「そうかなぁ。そんなことある?…だってさ、普通に考えたら。そんな条件突きつけられたら例えそれまで本気で好きだった相手だとしても、言われた時点で幻滅しない?俺は他の子好きだけど、それでも構わないならあんたと付き合ってあげてもいいよーとかさ」

本当にそのチャラい口調でそのまま言ったのかな。だとしたら確かに同意。何なのこいつ、と一瞬ですんとなってあっさり気持ちが冷めること請け合いだ。

やつはちょいちょい、と軽やかな手つきでキャンバスの上に筆を走らせて仕上げを進めながら淡々と言葉を重ねていく。こっちからは完成前のその絵は見えないが、どうせめちゃくちゃ巧いんだろうなぁ。ってのはその迷いのない描きっぷりから何となく推察できる。

「俺ならそんなこと言われたら真面目にそいつと付き合おうとは思わないかな。こいつとは遊びでいいってことか、としか解釈できないよ。だからその条件を受けた時点で既に向こうも真剣じゃないってことじゃない?本気で好きなやつにそんなこと言われて、そのあとも気持ちが維持できる方がおかしくないか」

「…なるほど」

ふざけた様子もなくクールに言い放たれた台詞をじっと吟味してみて、必ずしも一笑に伏せるとは限らないな。とちょっと納得できなくもない。

少なくともわたしならその台詞が出て来た時点で百年の恋も冷める。そのあとにじゃあこいつは遊びの相手と割り切って付き合うか、って明後日の方向に舵を切るのはさすがに理解の外だけど。

それにしてもある意味やつの言ってる内容が意外とまともなのには拍子抜けした。こんなあたおかな条件を出してくる男に恋心が冷めない方がおかしいとか、案外普通の感性持ってるんだな。それをお前が言うのか案件であるのはとりあえず置くとして。

でもさ。とやっぱり、実際に芦屋さんという現実の彼女と話してみたわたしとしては。名越のその説に素直に全面的に同意するってわけにもいかないんだよなぁ。

彼女の態度やわたしへの感情の向け方からして、名越への恋愛感情が冷めきった状態とはとても思えない。どうやらクズ全開の対応で接したくらいじゃあの子のこいつへの想いを幻滅させるにはまだ今ひとつ足りなかったようだ。信じられないことに。

「…一応訊くんだけどさ。あんた、今の彼女の前にも何人か同じ対応で付き合った子たちいるんでしょ。その人たちとはなんで別れたの?」

二人ともちゃんとキャンバスにきっちり向き合って、熱心にぺたぺたと絵の具を塗りたくる手を全く止めず片手間にそんな会話を続けてる。お互いはその状況を特に何とも思ってはいないけど、もし万が一この部室に今、立ち会って外からわたしたちを見ている人物がいたら目線も合わせず作業に夢中な様子のまま、まるでどうでもいいような口調で一体何の話してるんだ。と訝しい目で見られても仕方ないかも。

今日はたまたま部室に出て来てる他の美術部員が一人もいなくて結果的によかった。

名越は、何であんたがそんなこと訊くんだよ。とか思った素振りもなく、何の抵抗もなくあっさりと答えた。

「さあ?俺に訊かれてもね…。なんか、割と早い段階でもう無理だとか耐えられない。って言って向こうから離れていくことが多いよ。だから多分、芦屋もそのうちそうなるんじゃない。苛々したり何かと文句をつけ始めたりしたらそろそろ終わりに近づいてる兆候だよね」

ほんと、女の子と付き合ってて楽しいのなんて初めの頃のほんの数ヶ月ってとこだよね。と呆れたように呟いて付け足す。ほんとにどの口が、お前は。

「…どうして向こうが早々に我慢できなくなるのか。あんたは全然想像つかないの、もしかして?」

まあそうだろうな。と思いつつ念のため尋ねてみると、案の定やつはあっけらかんと気にかけた風もなく即答した。

「知らないよ。だって考えたって無駄じゃん。向こうが離れたいっていうんならこっちに引き留める理由なんてないだろ。もともと俺の方にはどうしてもその子じゃなきゃ駄目だとかいう気持ち、特段ないんだから」

はぁ。

わたしは筆をしっかり握ったまま、小さく肩を落とした。やっぱしょうもない、こいつ。

「そんなこと呑気に言ってると。そのうち校内で悪名高くなって、誰も付き合おうって言ってくる人いなくなると思うよ…。大体、好きな人いるのにどうしてそっちに行かないのさ。特に好きでもない女の子と付き合うより、その方が断然よくないか?」

何故かしばし間があった。

ほう、何だかんだ言っても結局こういうストレートな諫言の方が効くのか。と思ってちょっとそっちに目をやったら、どうやらキャンバスをじっと眺めて次の一筆をどう進めるか考えあぐねているだけのようだ。…まあね、そりゃ絵を仕上げながらの片手間の会話だから。そっちが気になれば話なんて自然とストップするのが当たり前って、考えてみればそうか。

「…別に、好きな子と付き合える日が来るのを。もう完全に諦めちゃってるっていうわけじゃ全然ないよ」

ややあってそんな言葉が出てきたとき、やつの手もほぼ同時に動き出した。どうやらじっくり考慮した結果、ようやくその先の方向性が固まったと見える。

「…けど、その気持ちが実るまでの間をどう過ごそうと俺の自由でしょ。まるで誰とも付き合わないでいるのもさすがに退屈だし…。こっちは長期戦を見込んでるわけだからさ」

知らんがなそんなん。当然の共通認識みたいにさらっと言われても。

「それまでの間、俺とどうしても付き合いたい。って女の子がいるんならそれはそれでって感じ。やっぱり嫌だなとか無理ってなったら向こうからそう言って離れてくれればいいし。俺は何とも思わないからそこは正直に行動してくれていい。結果誰も残らなければまあ、それでもこっちは全然構わないし…」

「…でしょうね」

もう呆れたような声しか出ない。ほんとまじ、何なのこの男。

回り道しないでさっさとその子と付き合っちゃえばいいじゃん、その方が期待持たせられる被害者も続々と出てこないで済むし。とうっかりそのまま流れで突っ込みそうになった。

けど、そこまで言うのも余計なお節介過ぎる。と何とか思い止まる。

こいつだっていくら何でもなにも考えてないわけじゃなし。本命に告白して即成就できるならとっくにそうしてる可能性が高いだろう。

つまり、そう簡単にいかない事情があると見た方が妥当だ。

例えば既にその子には付き合ってる彼氏がいたとか。もしかしたら下手すると相手が大人だとかいう可能性もある。高校生と付き合ったりしたら手に縄がかかる立場の人。例えば学校の先生?…は、正直あんまりぴんと来ないかも。

うちの高校に若くて独身でいかにも生徒に惚れられそうってタイプがいたかどうか…、そういう目で教師を見てないからな。

まあ中学んときの先生というのもあり得るし、お稽古ごとの先生…ってさすがに。大河原先生は違うか。そういうの二人の間に感じたことない。

しかしそこまで可能性を広げて考えると、好きな人が大人でかつ結婚してるってケースまである。てか、そこまでいくとそれはもう諦めろよ。って気もしなくもないが…。

つまりは、好きな相手がいてもどうしようもない、動きが取れない。なんてシチュエーションはいくらでも存在する。だから何かと言えば要はここであれこれ何かを想像しても無駄だってことだな、と思い至ってわたしはそれ以上考えるのをやめた。

「…まあ、あんたの人生だから勝手にすればって感じだけど。彼女に限らず次とかその次の子がこっちに来てももうわたしはちゃんと対応しないよ。適当にあしらうから、フォローはそっちでやってね」

何しろ、あんたより全然下手くそなくせに自分の絵に執着されてると言い張るなんて、自惚れもいいとこじゃん?みたいによく知らない人から言いがかりつけられたんだからね。と思い出すとちょっと未だにむかむかしてくる。

だけどこいつが今さらさらと軽いタッチで仕上げてるあの絵。描きかけの状態をさっと見ただけだけど、本当に巧いんだよな…とまたため息が出そうになる。それに較べるとわたしのはなぁ。

去年よりは全然よくなってるとは思うけど、逆にどんなに上達してもああいう画風にはならないんだな。って現実が見えてきたような…。まあ、いいんだけどね。わたしが扱うテーマに写真のような写実性はさほど重要ではないし。

と気を取り直し、再び自分のキャンバスに向かうわたしの耳に何だかほっと安堵したように柔らかく響く名越の声が届いた。

「うん。全然それで構わないよ。…何か面倒なこと言いにくるやつがいたら遠慮なく俺に言いつけて。ちゃんと、こっちで対処するから」

「当たり前だよ、それは」

思わず言わずもがなの台詞を返すと、名越はまるで気に障った風もなくやけに上機嫌でにっこりと笑う。

「ごめんてば。…笹谷になるべく迷惑はかけないように頑張るよ。だから、これからも末永くよろしくね」


それから程なくして、文化祭当日。

ぎりぎりまで手を入れて何とかまあまあ納得のいく出来に仕上がったとは思う。けど、展示される場所はよりによって名越の作品の隣。

まあ、キャンバスのサイズがぴったり同じだし。おそらく部内でわたしたちはコンビだと思われているので(基本的につるみ合わない人たちの中で断トツに二人一緒に行動してることが多いから)、当然並べて展示するつもりでこれ描いたんでしょ?とばかりに一組みで扱われてしまった。

だけど全然テーマも作風も違ってるので、一見何で並べられてるのかよくわからない組み合わせになってしまってる。お互い全然相談もしないでそれぞれ好き勝手に描きたいものを描いただけなので当然そうなるしかないが。

思えばここ一年近く、ずっとそばで一緒に絵を描いてる割にまるで影響を受け合わない二人なんだよなぁ…。それだけ描き手としての我が強いっていうか。

こっちは単に名越の真似ごとをしても持ち合わせた才能が遠く及ばないのはわかってるからのことで。向こうはそもそも、他人から影響を今さら受けて変わる必要がないくらい完成し切ってる感があるから、わたしなんかの生半可な作風から学ぶものなんて、そりゃ特に何もないだろう。

だから互いに相手の絵を見てうわぁ…と見惚れたとしてもそれはそれ。自分は自分の絵を描くしかない、と各々割り切れてるんだと思う。

…と、自分を納得させつつも。やっぱ名越ってほんと、めちゃくちゃ巧いな。と半分感心、半分くらい忌々しく思いながら改めてしみじみと二つの絵の前に佇んでいたそのとき。

「あの。…笹谷さん。だよね?」

背後から声をかけられて不意を突かれ、ちょっと本気でびびりつつ振り向いた。

女の子の声だしそんなに攻撃的なニュアンスじゃない。だからいきなり名前を呼ばれた驚き以外にびびる要素は何もなかったんだけど、そこに立ってたのが何となく見覚えはあるけどはっきりとは思い出せない。漠然と嫌ぁな記憶を刺激される人物だったのにこれまた意外な思いがした。

どちらかと言えば小柄で、目立たない程度に髪の内側にメッシュを入れてさり気なく薄めにメイクを決めた可愛らしい顔立ちはいかにもうちの学校の中じゃ華やかな一軍女子って感じ。この手のタイプとわたし、関わりあったっけ。…と訝しく思うのとほとんど同時にああ…、と思い出し、腑に落ちた気がした。

「あのときの」

「あ、はい。…その節は。こめんね、いろいろと」

申し訳なさそうに肩を縮めた様子が全然違い過ぎて一瞬わからなかった。芦屋さんについて来た付き添いの女の子の一人だ。

確かあの日、向かって右側に座ってた子が身長の高いロングヘアの子で、この子は左側に座ってた。と記憶の端をたぐっていけば、そうだあのとき。名越の方が全然絵が巧いのに、自分よりも下手な作者のファンになるなんてことあるの?と遠慮なくずけずけと本質を突いてきた方の子では。

と気づいて無意識に肩を強張らせて身構えたわたしに、おずおずと近づいて声を落として尋ねる。

「あの。…これ、こっちが笹谷さんの絵ですよね?名前が、その。…書いてあるし」

「ああ、はい」

彼女が指差した先に、題名と学年、わたしの名前が記入された札が。別に何て言うこともないやり取りだから普通に答えたけど。この前のやや喧嘩腰な態度とあまりに違い過ぎて、本当に同じ人物かどうか信じがたく面食らう。

そんなわたしの表情を読んでか、彼女はやや慌てた様子でぱたぱたと軽く手を振って何かを否定しようとした。凝った不思議な結び方をした髪がそのたびにぴょこぴょこと揺れる。

「違うの、今日はいちゃもんつけに来たわけじゃなくて。…てかあのときはごめんなさい。ね、これ。初めて見たんだけど…この絵」

彼女はわたしの横をすり抜けて前に出、間近に立ってじっとその作品を見上げる。それからややあってじりじりと後退し、遠目にしばらく全体を眺めてからうっとりと囁いた。

「すごい、素敵だよね。…あなたのこの絵」

「は。…それは」

思いがけない反応にぽかんとなり、振り向いて彼女の視線の先を追う。

そこにある、今回のわたしの絵の場面は室内。出来るだけ広さを感じてもらえるように視点を低くとって奥行きを広く、天井は高く。ひとつだけある窓から差す光が部屋の中に満ちている。

その室内に、金属のような光沢のある大小の色とりどりの魚たちが浮遊するように浮かんで空間を埋めている。…そんな絵だ。

一年前までは手癖で、つい暗くてひっそりと狭い世界の絵を描きがちだった。

絵画教室で先生から正規の指導を受けるようになって構図や色彩の勉強をしてから、もっと広く、奥行きと拡がりを感じさせる画面を。色を駆使する楽しさを表現した絵を描きたいって思うようになったんだ。

名前も知らない芦屋さんの友達は、吸いつけられるように視線をキャンバスの上に据えて、少し上ずった声で小さく呟く。

「あたしは美術のことなんて何も詳しくないし知らないことばっかなんだけど。でも、どうしてかわからないけど、さっき初めて見たこの絵を何でかめちゃくちゃ好きだって思う。…何でなんだろ。何でだと思う?」

それは。…できたらこっちの方こそ聞きたいかも。

でも、だけど。

「わからないけど。それは、やっぱ嬉しいです。誰かがそう感じてくれたら嬉しいなと思って、頑張って描いたので」

言いながら、ようやく彼女の台詞が胸に沁みてきて何だかじんわりと温かな気持ちになった。…なんか、すごい嬉しいこと言われてるかも。

普段は絵に興味のない、深くは知らない人の心に何でか自分の描いたものが刺さったって言われたら。やっぱりそれは、すごく感動する。

彼女の背後から遠慮がちにミヤジ、って呼びかける声がした。そっちを見ると芦屋さんじゃないわたしの知らない女の子が二人、所在なさそうに立っている。おそらく彼女の連れだろう。

彼女は友達の方に振り向いて、ちょっと待って。と片手を上げて懇願して見せてから再びこちらに向き直り、やや急いで矢継ぎ早にわたしに弁解した。

「あなたがこんな絵を描く人だって知らなくて、あのときは。…本当に失礼なこと言っちゃった。思ってたより全然上手だし、何よりも、何て言えばいいんだろ。…こんな空間がこの世の何処かにほんとにあるんなら。なんかすごくいいな、って思っちゃったんだ」

頬を上気させてそう言い切った彼女の表情には、自分の思いを作者に伝えきることができたっていう満足感が滲んでいた。

「こういう絵を描く人になら、特別熱心なファンがついてもおかしくないよね。名越みたいに美術に詳しいやつだって、わたしみたいな素人と同じように。…きっと純粋にあなたの絵に惹きつけられたんだろうな、って。実際に見たら理解できた」

なんかその気持ちに共感できるようになったよ。と付け加えて晴れ晴れと笑う。

打って変わっての手放しの評価に、こちらはむしろ恐縮してしまってただただ大人しく首を縮めるしかない。

「ありがとう。けど、それほどのものでは…。もっともっと、巧くなりたいです。描きたいイメージもまだ頭の中にいっぱいあるし…」

「それは楽しみ。あたしも見たい、名越だけじゃなくて。これで以後自分も笹谷さんのファンってことになったから」

写真に撮らせてもらってもいい?勝手に何処かにアップしたりしないから、一人であとでじっくり見るためだから。と断ってキャンバスにスマホを向ける。

彼女が真剣な顔つきでシャッターを切ってるその視線の先にはわたしの作品。その隣には名越のやけに達者な、空気感まで現実そのものって感じの美しく完璧な海辺の街の風景画があったけど。ミヤジさんは最後までそちらには一瞥もしなかった。

納得いく写真が撮れたらしく、満足そうにスマホをポケットにしまって友達が待っている方へと去って行く。やや童顔気味の顔立ちにしっくり来る無邪気な満面の笑みを浮かべてわたしの方へと手を振りながら。

「そしたら、また新しい作品が完成したら教えてね。絶対、絶対観に行くから。ね、わたしがあなたの絵のファン第二号だよ!」


《第9章に続く》

どうやら名越というやつは無駄にイケメンで絵が巧くて頭がよくて音楽センスがあるだけでなく、俺ちゃんと本命の子いるけど。それでもよければ付き合う?と女の子にぬけぬけと言い放ち、その上で彼女が絶えない。という事実が発覚。くそみたいな男ですねー。

ただまあ、この時点では実際にその『本命』の女は存在してるのか?適当に軽く遊ぶためのただの口実ではないのか?という疑問は拭えません。それはそれでさらにクソ野郎さが上乗せされるだけでは…。

主人公にあまりに恋愛っけがないので、周辺人物にこうして属性が盛られてしまうのか…。まあそのうち主要登場人物のひとりが誰かに刺される、というような話は書きたくないので。是非このような局面を無難に乗り切ってほしいものです(無責任)。

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