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間に合え、間に合え――――。
鈍く光る虹色の一太刀。血を振りまく一閃。
「……させ、ない!!」
ヒカリは間一髪のところで、“勇者殺し”と師匠の間に割りこみ、剣で彼女の攻撃をいなした。
「――お怪我はありませんか!?」
ヒカリは背中越しに声をかける。
「そりゃこっちのセリフだ。いっちょ前になりやがって」
「師匠のおかげです」
師匠のしゃがれ声が上機嫌だった。切羽詰まった状況ではあるが、ヒカリの顔に笑みが宿る。
しかし、そんな余裕はすぐに吹き飛ばされた。
「死ね」
「くッ――!!」
火花が散った。“勇者殺し”の一刀に持っていかれそうになるが、ヒカリは踏ん張る。食らいつく……が、刃が欠けていた。それが“勇者殺し”の力だった。
「お前にゃ荷が重い」
剣の負け。その“負け”がヒカリの身に及ぶことを、ヒカリ自身も、師匠も直感した。
ヒカリと入れ替わりで、師匠が“勇者殺し”と差し向かう。
「我が眷属よ!」
師匠の魔法が槍の形をなす。
「よう“勇者殺し”。お前のせいで葬式に出ずっぱりだぜ全くよ」
口調は平静。しかし、怒りがこもっている。4年も同じ時をともにしたヒカリには隠しきれない。
やる気でいるようだ。
「それなら……ランバートは何故ここにいない!」
「ランバートぉ? へぇ、あんた、あいつのファンか、よッとォ!!」
師匠は“勇者殺し”の太刀さばきを弾き返す。
多くの勇者が平伏するしかなかった攻撃を、師匠は跳ね除けたのだ。
「師匠……大丈夫ですッ! ここはボクが引き受けるので!!」
「なに。先の短い命でこいつの気が収まれば、儲けもんだろ」
「駄目です!!」
焦るヒカリ。師匠を守りたいのに、当の本人が命をなげうつような真似をしている。
剣をへし折られたとしても――たとえ素手でも。意地でも師匠を守らなければならない。
ヒカリは、師匠から引き離された“勇者殺し”に追い打ちをかけた。しかし、“勇者殺し”の反応は凄まじく速く、ほとんど互角のまま鍔迫り合いにもつれ込む。
「2人ともぶっ殺す」
剣にかかる重さが増していく。“勇者殺し”は本気でケリをつけるつもりのようだ。こころなしか、彼女の口調も荒っぽい。
欠けた刃を気にしながら戦うのも無理がある。
――次の攻撃は、この剣では防ぎきれないかもしれない。ヒカリはそう直感する。
「任せな。愛弟子ちゃんよ」
背後からの声を信じる。ヒカリは、手荒に連れ回した剣で最後の一振りに臨む、その覚悟を決めた。
まず、師匠がヒカリの脇から槍を突き出してきた。当然、“勇者殺し”はそれを避ける。
力の均衡が大きく崩れ、立ち位置に流れが生じた。
「**ジジイが! 死に晒せ!!」
まず“勇者殺し”が狙ったのは師匠だった。
2人のリーチ差では老勇者が有利だが、“勇者殺し”の力みようからするに、間合いなどあってないようなものだ。
師匠は猛攻を前にして攻めるに攻められず、小さく後退しながら穂先を回している。迷っていた。
――ヒカリが決めるしかない。
もう、他の勇者はみんな逃げた。
“勇者殺し”が師匠を傷つけてしまう前に、ヒカリが渾身の一撃を叩き込むしかない。
ヒカリは“勇者殺し”を正面に捉え、剣を構える。師匠に教わった一子相伝の奥義。
息を吐ききった。左足で踏み込む。体勢を前方に崩す。
勢いがかった低姿勢のまま、右足を床に擦らして、“勇者殺し”を間合いにいれる。
反撃はさせない。相手のふところへ、深く、深く、潜り込んだ。
そして、切っ先だけが触れるように、“勇者殺し”の脚部に切り込む。
そこで身体を思いっきりひねり、返す刀で首を狙った。
「ここだ! 雀躍ッッ!!!!」
――が、
「ダメ……!?」
「くッ!」
剣の刃が“勇者殺し”を避けるような感覚。
型に手応えはあったのに、肝心の剣は空振った感触。
“勇者殺し”は一歩退くが、そこで立て直されては決着がつかない。
師匠のためにも、これ以上、戦いを長引かせてはならなかった。
「うらああああああ!!」
一か八か、ヒカリは“勇者殺し”に向かって倒れかかる。ヒカリは自分の身を顧みなかった。
「やべえ――!!」
とっさの判断で、師匠もヒカリを補助する形で追走する。槍を短く持ち、背後にぴったりとついた。
そうとは知らず、ヒカリはがむしゃらに剣を振りかざす。虹色の剣で守る“勇者殺し”。
剣が響かぬ音を響かせ、鋼は砕け散る。
ヒカリは折れた剣の向こう側に、自身の姿を映す白色の瞳を見た。
これまで多くの勇者を屠ってきた“勇者殺し”たる者の目。見開かれたその両目に意識が吸い込まれそうだった。
――殺される……?
実感を伴わない恐怖が、ヒカリの心の隙を突いたのだ。
「――お前は大丈夫だ」
そのタイミングで師匠が左の肘をヒカリの首にかけて、彼女より前に飛び出す。
流れに身を任せるように、勢いづいた槍で突きに出た。
彼自身の身を守ることもせずに。
「――!? **ジジイが!! ……っァ! ぐァあ……!!」
師匠と“勇者殺し”。
その互いの胸を、互いの得物が捉えていた。
師匠は頭から倒れ、“勇者殺し”は膝から崩れ落ちる。
ヒカリは、何かが終わってしまうような感覚に襲われた。
「あ、あ、あぁ……!!」
ヒカリは仰向けの彼に駆け寄る。
「……まったくよ。みんなの前で俺のこと話してくれないなんて、妬いちまうぜ」
「そんな、そんなッ……!」
ヒカリがどんなに悲しもうとも、覆すことはできない。
「大丈夫だ……なるように、なるさ――――」
その言葉を最期に、“勇者殺し”を仕留めた槍が消えた。
ヒカリは恩師の亡骸を抱きしめる。
感謝、無念、悲しみ……苛立ち。
また置いていかれてしまった。
ヒカリは思った。この勇者を殺してしまったのは、自分自身である、と。
「ごめんなさい……ごめんなさい…………」
――この日、7人の勇者が死に、ひとりの勇者が生まれたのだった。