第27話(3)
チャリオット(魔戦車)。
幅3m、奥行き10m、高さ3mの、巨大な動く大量殺戮生体戦車。
前面に魔王アバドンのような巨大な顔を持ち、口からは威力の高い炎のブレス(吐息)を吐く。
両目の魔眼は魅了の効果を持ち、レジスト(抵抗)出来ない者は即座に食い殺される。
両側面に巨大な蟷螂のような腕を持ち、その切れ味はヤワな鎧を簡単に真っ二つ。
巨大な車輪には13の呪紋が描かれ、低い階位の攻撃魔法を完全無効化。
後部にある巨大な尾は、巨人族すら一薙ぎで打ち払う。
そして背負っている御車台には、そのチャリオットを指揮する強者が乗っていた。
だが呪文を詠唱するチャリオットなど、聞いた事がない。
おそらくアークデーモンが乗っているあのチャリオットに、魔法使いレグザの魂が封入されているのだろう。
「ほんっとに最後の最後まで面倒くさい奴ね。」
そのうえ・・・。
後から出現した2体のチャリオットに乗っている者から感じる、凄まじい気迫と殺気。
只者ではない。
あのアークデーモンの側近なのだろう。
そんな状況を見ても意に介さず、先手を打ってきたのはフランソワ。
「花魔術ストラングラーバイン。」
地下から巨大な蔓が出現し、チャリオット3体を行動不能にしようと大蛇のごとく絡みつく。
しかし蟷螂のような腕がそれらを悉く切り裂き、動きを維持していた。
「花魔術など、チャリオットの敵ではない!」
しかしフランソワは切断された蔓を見てニコリと笑みを見せる。
「ストラングラーバインの生態をご存じないのかしら?
蔓を切断した程度でどうにかなると思っているの?」
次の瞬間、斬られた全ての蔓から勢いよく分岐して伸び始めた。
切断した全ての蔓からだ。
数が多すぎる。
それらをまた斬ると、そこから更に蔓が枝状に伸び、数本の蔓を束ねてねじる形をとり、太い幹のようになった。
チャリオットの口から炎のブレスが吐かれるが、幾重にも交差した蔓を焼くのみ。
モタモタしているうちに、ストラングラーバインの本体が出来上がる。
「斬られる度に強固な幹を形成していく魔樹。
チャリオットなど、敵にも成りえませんわよ。」
蟷螂の腕で幹を切り刻もうとすると、蔓がそれを抑えつける。
バキバキと激しい音と共に腕を引き千切った。
更に再び伸びた蔓が今度はしっかりと絡みつき、そのまま蔓の力でチャリオットを圧し潰す。
植物の力は尋常じゃないパワーを保持し続ける力がある。
何日にも渡ってコンクリートをぶち破り芽を出すように。
異世界の植物は何日もなんて日数をかけず、今この瞬間に力を出す。
チャリオットに乗っていた3人がたまらず飛び降りると、それぞれの目の前に強者が待ち構えていた。
アークデーモンが小刻みに震える。
魔戦車3体をたった一人の人間の女が瞬殺だと!?
・・・この国は魔人の国だとでもいうのか!!
すると正面から声を掛けられる。
「そろそろ始めても宜しいかしら?」
ハッとして正面を見据えると、悪魔の血で青緑色に染まった道着を着た女性が立っていた。
聖女か!・・・凄まじい聖女がいるものよな。
よもやグレーターデーモンを素手で殺す聖女が実在するとは。
・・・やはりここは魔人の国か。
アークデーモンは震える身体を落ち着かせ、ニヤリと妖しく笑う。
そして手にしていた長剣を腰の鞘に納刀し、両の拳を構える。
サリナがそれを見て、ほおと少し感心したような声をあげた。
「我が体術など知らぬとお思いだったか?
見せてやろう、対聖女聖騎士用に生み出された魔族の技をな。」
アークデーモンから放たれる殺気と魔素は膨大な量だ。
常人ならそれだけで気絶するであろう状況に、サリナはフフと軽く笑う。
「ケイト、フィル、邪魔しないでよ。」
・・・なんであたしの周りって戦闘狂しかいないのよ。
まあいいけど。
「邪魔しないけど、逃げ出した時は手を出すわよ。」
そしてアークデーモンの側近と思われる二人のうちの一人は、漆黒の全身鎧を装備していた。
まるで暗黒騎士のアガンみたいですねえ。
ヴェスターが前に出ようとした時、巨僧ライガが先に歩み出る。
「先ずは拙僧が。
ヴェスター殿は拙僧が負けた時にお願い致す。」
巨大な錫杖の先端を騎士に向け構える。
先端には槍の穂先が付いており、もはや巨大な槍であるが変わった穂先をしていた。
真っすぐ伸びた刃と、横に片側だけ少し付いた刃。
突き、薙ぎ、引きの攻撃を得意とする片鎌槍。
加えて、ライガの修行僧としての棒術が、果たしてこの騎士に通用するか。
ヴェスターはライガの意思を尊重し、ゆっくりと後方に下がった。
最後の一体は黒いフードを被って顔の見えない魔法使い。
レグザの魂がチャリオットから抜け出てきたのですね。
大方、チャリオットが負けた時の為に用意していた人形に受肉したといったところでしょうか。
受肉した人形やアストラルボディなど、私のもう一つの鞭では無力だと、たっぷり教えて差し上げますわ。
花魔術師フランソワが、薔薇の鞭をしまい素手の状態で前に出、手を軽く開いた状態で構える。
「お姉様の仕事を散々邪魔した罪を償ってもらいますわ。」
「あたしたちは何かする事あるの?」
エルの声にケイトは遠くを指さす。
「残っている雑魚悪魔の始末をお願い。
・・・競争してたんでしょ?」
そう言われ、イヴがウッと嫌な顔をする。
「イヴ、どしたの?」
「キャサリンのあの技、何?
あれ、ぜえったい反則でしょ!!」
あー、また仮面と服とレプリカの鞭用意してたのねー。
まあでも
「いつもの技だよ。」
「いつもあんな集団戦みたいなこと一人でしてるの!?」
「そうそう、エルも知ってる事よ。」
イヴはギロリとエルを睨むが当人は気にする様子ゼロ。
更に
「だから言ってるでしょ、イヴは絶対負けるって。」
エルにダメ出しのように言われ、イヴがムッとしながら雑魚悪魔の群れに向かう。
「なんの為に投擲訓練したのよー!」
「投擲は暗殺の基本でしょ。
愚痴ってないで行くわよ。」
「・・・はいはい。」
対悪魔戦をしている中で、ここだけ緊張感が欠片も見えなかった。