第17話(1)
約100年前に錬金術で精製されたという蟲毒バーグラウト。
それは1つの計画から生み出されていた。
“魔人計画”。
普通の人間を戦闘能力の高い魔人に変貌させ、国軍の底上げを行うというもの。
上位悪魔クラスの一騎当千な実力を有しながらも、人間としての人格を失わない理想の人材を創る。
しかし常識を逸した計画は、寺院はもとより国内貴族からも大きな反感を買い、当然の様に計画は中止した。
計画の概要は、魔族の血肉を人間の体内に埋め込むという非常識なものだったのだから、中止して当たり前。
表向きの情報開示はそれで終わっていた。
だが現実は違う。
国に魔人計画を提案した男は、秘密裏に事を進めていた。
誰にも見つからぬ様、スラムの地下深くに居を構えて。
こんなところで実験していたのには2つの理由がある。
1つは、誰からも邪魔されない場所である事。
もう1つは、実験の素材、即ち人間を狩りやすい場所であるという事だった。
スラムの人間が何人いなくなろうと、気に留める者は誰もいない。
そうした鬼畜を極めた邪道な実験は、何年にも渡って続く。
全く成功の目が見えない事に男は、気分転換にアジト周辺の地下を歩き回り、そこで巨大な蔵書室を見つけた。
運命とは人を引き寄せるものなのか。
東方資料館。
それは、遥か昔にこの地で実験した者が作り上げた資料室。
ここで男は悪魔の受肉を成功させる方法を見つけてしまう。
蟲毒バーグラウトで全身麻痺させた状態にしてから、悪魔の血肉を植え付ける手術を行うというもの。
だが、本には肝心の蟲毒生成方法が不明確。
蜘蛛の毒と蜂の毒が原料と記載されていたが、詳細な種類までは分からなかった。
そこで男は、当初計画に賛成だった者たちを集め、1つの集団を作り出す。
バーグラウト教団。
新興宗教など色々様々あり、1つ増えたところで特に注視される事も無い。
とりあえずの隠れ蓑を得た集団は、教義を『人間からの進化を目指す教団』と語り、組織的に動き出した。
ありとあらゆる蜘蛛と蜂の毒を集め、何パターンにも渡って生成し、実験を繰り返す。
それでも計画が成功した事例は1つとして無いまま、時だけが過ぎていった。
しかしその男・・・教祖が死ぬ前『蟲毒を見つけた』と言い、死んでいった。
その時に残っていた蟲毒は、悪魔蜘蛛フェイトスピナーと、殺人蜂キラービーで生成したものだった。
「この教団の存在の真実に国が気付いた時には、スラム街にいた住人が数百人規模で虐殺されていました。
実験は成功しませんでしたが、犠牲者の数が凄まじく、結果的にいわくつきの毒となったのです。」
マルコシアスの声に嘘は感じない。
だが、いくら猛毒とはいえ高額で買い取る理由には何か1つ足りない気がしますね。
「今でも教団は存在するようですが、当時は罰しなかったのでしょうか。」
「教団関係者全員が死刑となっています。
今の教団は、偶然あの地下施設を見つけた者が、何も知らずに同じ名前で教団を立ち上げたものと思われます。
国では全員逮捕する方向で動いていますので、今夜にでも尋問が始まるかと。」
ドールはここまで聞くと、どこか諦めた風で大きな空き瓶をアニスに用意してもらった。
「少々お待ち下さい。」
瓶の口に人差し指を挿し込むと、指からにじみ出てくるように蟲毒が流れ出てくる。
9割ほど入ったところでにじみ出るのが止まった。
さすがのマルコシアスも驚きの表情を見せる。
「こんなに飲んでいたんですか。」
アニスが用意したのは10リットルの大瓶だ。
ドールは小さい身体のどこにこんな大容量を貯め込んでいたのだろう。
マルコシアスは大瓶を丁寧に受け取る。
「あとは書物ですが。」
「今、お持ち致します。
少々お待ち下さいませ。」
ドールはそう言って一旦薬局の部屋を出る。
廊下にはキャサリンがいた。
「これでしょお?」
ケイトが持ってきた書物2冊を手にしていた。
「お姉ちゃんには話しておいたから大丈夫だよ。」
そう言ってドールに2冊手渡す。
「ずっと風でお話聞いてたから。
お祖母ちゃんも書物は渡した方がいいよって。」
「ご確認ありがとうございます。
では、お渡ししてまいります。」
マルコシアスの回答は、ケイトの今後の行動に1つの指針を提示している。
そう感じたドールであった。




