人
人とはこうも脆い物なのです。
孤独を人に与えれば思想は生まれるのでしょうか。
いいえ。
孤独の先には終末しか待ってはいないのです。
……カチッ。
チッ……。 チリッ…………。
なかなか煙草に火はつかない。湿気によるものかもしれないが、単に自分が火をつけるのにまだ慣れていないからだろう。
パチッ…。
もわっ と燃え上がる炎に咥えた煙草を近づける。
炎が煙草を捕まえて初めて、僕の体へと煙が入ってくる。
煙を二、三度吸い込む。そして二、三度、また吐く。
肩に背負った僕の生気が、煙に奪われて、体から抜けていく。
数秒間の僕の周りだけの静謐は過ぎ、また、雨が降り出す。
煙を深く吸い込むと、河川敷のあの独特な匂いが胸に残る。
いつもよりも大きく引いている潮のせいか、
今日は匂いがいつもより香ってくるような、そんな気もする。
真夜中で雨も降ってることもあって、あたりは真っ暗だ。
今、僕に見えているものは、何もない。
ただ、煙草に付いている火が、鼻先でほのかに光ってるだけだ。
僕は時々考えるのである。
自分はどこへ向かっているのだろうかと。
この身に感じる違和感は一体なんなのだろうか。
もっと言うなれば、そう。
きっと、自分の存在意義を求めているのだろう。
「この世界に存在している」という事実を受け止められるほどの、口実を求めているのだ。
いつもここから先の答えは、出てこない。
僕は、また、深く考えた。
煙草の火は、まだ、じりじりと燃えている。
僕の家では、以前両親が離婚した。
そして、僕は、母親に引き取られた。
離婚自体は僕自身どうにも感じなかったのだが、問題はその後だ。
母が鬱になったのである。
祖父母も他界しており、僕の家族は、鬱病の母だけだった。
いつも入院しており、家にはいつも僕1人だった。
「いつかあの病院から母は出てくる」
そう自分に言い聞かして、自分の繊細な精神を保っていた。
しかし、ひと月前、母は入院したまま、自ら命を断ってしまった。
僕はもうどうでもよくなった。
誰とも関わることをやめ、学校にも行かなくなった。
そして、煙草を吸い始めた。
僕はやっとわかった。
「やっと」と言っても、答えは前々から、わかっていたのかもしれない。
その答えから自分は、ずっと逃げてきていたのかもしれない。
そう。答えなんて初めからないんだ。
僕に存在してもいい理由なんてないんだ。
風が吹いて、煙草の火が一瞬消えかけた、ようにも見えた。
僕はもう1本だけ吸おうと思ったが、あれが最後の1本だったらしい。
僕は苦笑いをして、煙を最期に大きく吸った。そしてまた、大きく吐いた。
じりじりと消えかけていた炎を
僕は、自分で踏み潰して絶やしてやった。
炎が勝手に消えたんじゃない。
僕が絶やしたんだ。
なんていい気分なんだろう。
僕はそのまま闇に手をかけた。
誰にも見られないように。ひっそりと。
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最近、自分が小さい時の記憶をよく思い出すんだ。
自分は、周りからは本当に女の子か?と疑われるほど、よく外で遊ぶ子だった。
田舎で育ったんだから、暇さえあればいつでも山や海へと出掛けていた。
春は、そうだな。絶対に海へと出掛けていた。
春休みなんかは、朝早くから友達と自転車で二人乗りをして、
近くの海までよく行ったものだった。
春の海は、おっきなイカが釣れるのだ。
春のイカは、秋のイカなんかの十倍くらいでかい。
あの竿にかかってくる引きはもう、私にはたまらなかった。
夏なんかは毎日、海で泳ぐか、クワガタを探しに友達の山へ行くかのどっちかだった。
私は、クワガタ探しがとても好きだった。
山に行くと、クヌギのとてもいい香りがするんだ。
別にクワガタが見つからなくても、よくあの山でくつろいだものだ。
秋は、食べ物だ。
もう言い出したらキリがないほど沢山の旨いものが世に出回る。
秋の猪は油がよく乗って、最高に美味かったな。
夜遅くまで、友達とバーベキューをしたことは、とても良い思い出だ。
だけど、冬は、あんまり好きじゃなかった。
だって何にもないんだもの。
地元は暖かくて、雪も降りやしない。
動物も、美味しい食べものも、遊ぶ場所も。
何もかもがなくなる時期だった。
冬ほどつまらない季節はなかった。
そうこうするうちに、私は、中学を卒業する時期になっていた。
そして、私は地元の高校に通うことに決めた。
別に頭も普通で、何もかもが普通の高校であった。
仲の良い友達は、みんな、地元を出て行った。
都会の方の高校にみんな行ってしまったんだ。
だから、高校のクラスでは、同じ中学の男の子が1人いるくらいだった。
今でも鮮明に覚えている。
入学式の日、私が先に教室にいたら、君が入ってきて、話しかけてきてくれた。
その日から、私たちは仲良くなっていった。
登下校もいつも一緒にしていた。
私のお母さんが癌で亡くなった次の日、君は私に告白してきたよね。
うちは片親だったから、お母さんが死んでしまったあの時は、本当に人生真っ暗だったんだよ。
そんな時、君は私に告白して来てくれたんだよね。
帰り道によく寄った、あそこのいつもの橋の下の河川敷だったよね。
私はあの場所がの匂いや、何もかもとても好きだった。
しかも、君はいきなり結婚なんて言うから驚いたよ。本当に。
まあ。嬉しかったけどね。
私には君しかいないんだってあの時本当に思ったよ。
あの時は、本当にありがとう。
結局、結婚することはできた。
けど、私たちは間違いを犯してしまった。
あの時、子供なんて望まなければよかったのに。
なんで子供なんて産んでしまったんだろう。
あいつのせいで、私は不幸になっていった。
あいつのせいで。
あいつは成長していくと、あなたにだんだん似てくるようになった。
あなたは唯一無二なのに。
だからいつも、得体の知れない、あなたの偽物が家の中にいる。
ほんと、心の底から気持ち悪い。
私の心がすり減っている時、君はいつも、私に寄り添ってくれたよね。
しっかり私のことを理解してくれた。
やっぱり私には あなたしかいない。
あなたは私のことを心配してくれて、
最後には、この病院に入院することを勧めてくれたんだよね。
全く恨んでなんかないよ。
だって私のことを思ってのことなんでしょ。
けど、入院してあなたに1度も会えなかったのが、少し、心残りかもね。
こんな、寒い日に、君は今何をしてるのかな。
けど私、少し疲れっちゃった。
ずっと良い人生だったのにな。
長くなったけど、今まで本当にありがとう。
あなたは、長生きしてね。
あなたに出会えて、私は幸せだったよ。
じゃあ。ばいばい。
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「先生、本当にこれ開けてもよかったんですかね。」
今朝、遺体を見つけた看護師が私に話しかけてきた。
この、今では遺体となってしまった、患者は私の受け持った患者だ。
昨晩のうちに、彼女の病室で、窓の格子にシャツを通して首を吊り、そのまま自殺したらしい。
ここまで自分のことを追い込んでしまってることに、
気づいてあげられなかった自分が、本当に情けない。
「けど仕方がないだろう。彼女の家族は、もう、息子さんだけなんだから。」
私がそう答えると、看護師は自分の足元をの方に目をやって、そして、黙った。
手紙の彼女は、双極性うつ障害と呼ばれるものと、解離性健忘という病気を患っていた。
解離性健忘とは、ある一定期間の記憶がなくなったり、
捏造されてしまうかなり厄介な精神病のことである。
・・・実際のところ、彼女の記憶は捏造されている。
まず彼女の中での旦那さんと彼女は、もう4年も前に、離婚している。
彼が、確か浮気をして、それがきっかけで離婚したらしい。
しかもそれは1度ではなかったらしい。もう彼の気持ちは冷めていたのだろう。
けど、その際に彼女が怒りで、彼の脇腹を包丁で刺してしった。
彼女は、その浮気のショックで解離性健忘を患ってしまい、過去のまま記憶が止まって、
この世の元凶を、自分の息子に当ててしまっているのだ。
その後、彼が彼女を連れて、この病院に診断しにきた。
母親と息子は、会わされないと判断されて親権は父親のものとなったらしいが、
そのすぐ後、彼は、浮気への罪悪感から1人でひっそりと、首を吊ったらしい。
そのため、遺された息子さんの親権は、その後、彼女に移った。
だから、きっと息子さんは、父と母が離婚して、母に親権がいったことしか知らないのだろう。
そして今朝、看護師が、遺体と、そのそばに置かれている手紙を見つけたのだ。
手紙には、亡くなった元旦那の名前が書かれていた。
もちろん、亡くなってしまっているため、この手紙の所有権は、息子さんに移る。
しかし、もしかすると、息子さんが読めないレベルのことが書かれているかもしれない。
そのため、息子に手紙を渡す前に、私たちで内容をチェックする必要があったのだ。
「しかし、ここまでくると、この家族みんな悲惨な運命ですよね。母親は、旦那さんがまだ生きてるものだと思って自殺したんでしょ?旦那さんは、追い込まれて自殺してしまってるし。何より息子さんが可哀想だと思いません?」
確かにそうだ。
両親が自殺した上に、何も悪いことはしてないのに、母親の記憶障害のせいで、
悲惨な人生を歩んできたんだろう。さらに彼は、これから天涯孤独のみだ。
こちらから、もしかするとサポートをしていく必要があるかも知れない。
「あまり患者の家族について、言及するのも良いことではないでしょう。
ところで、そこの引き出しの中にもう一つ手紙がありますよ。」
私は、軽く注意をしたのち、手紙をもう一つ見つけたため、そちらに話題を変えた。
「・・・・・院長。これ多分、息子さんの名前ですよね、?」
そこには今まで、彼女の口からは聞いたことのない人物の名前が書かれていた。
そう。その手紙は、恐らく、息子宛のものだったのである。
「・・・中身を、確認しよう。」
まさか息子宛に手紙があるとは思ってもいなかったため、動揺を隠しきれなかった。
そして、恐らく息子の名前が、書かれている手紙の包みを、ゆっくりと開けた。
あぁ。やっぱりか。手紙にはたったの一言だけが書かれていた。
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死ね
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いかがでしたか。
この2人は「孤独」であるが故に人生を狂わされてしまいました。
「日本の子供には、もっと孤独を教えないと、思想は生まれませんね。」
これはあの文豪の川端康成さんによる言葉です。
この言葉を聞いてからこの物語を思いつき、物語を書いてみました。
遺書の女性と初めの少年は、母親と息子の関係です。
少年の母親を信じる気持ちと、母親の少年に対する気持ちの
入れ違いに書いてる途中、私も辛くなりました。
感想といいねくれたらとてもうれしいです。
まだまだ始めたてなのでアドバイスなどくれたら
もっとありがたいです。