表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

拾った異世界人

「うふふ~♡ネル~。」


「……何だ?」


「ネルちゃ~ん??」


「だから何だ?!」


「えへへ~。何でもないよ~♡可愛いなぁ~♡」


コーバーがおかしくなった。

その腕の中で、我はげっそりした顔で諦めてため息をついた。


スーダーの街に行くために本体を休眠させて作った影子に意識を移したのだが、小さくなった我をコーバーは事の外気に入ってしまいずっとこの調子だ。

可愛い可愛いと連呼して、撫でたりスリスリしたり、もう一人で歩けるし何なら飛ぶからと言っても聞かず、重い荷物を背負いながらも我を抱きかかえて離さない。


こんなに抱きかかえられるのなら、もう少し小さめな影子を作れば良かった。

いくら小さくなったとはいえ、このサイズをずっと抱きかかえているのは大変だと思うのだが……。

しかし、コーバーは頭のネジでも飛んでしまったのか、この調子である。

もっと理性的な生き物だと思っていたのだが……どうしてしまったと言うのだろうか??


ベタベタになでくり回され、甘やかされ、何だか子供の頃に戻ったようで気恥ずかしい。

変な気分になるのは、呼び名を幼少期の愛称にしたせいもある。

ネストルと言うのがこの辺のマクモの名だと知っているものもいるので、念の為変えた方がいいかと思いネルと呼ぶように言ったのだが、それが余計にコーバーの妙なスイッチを刺激してしまった。


いったい、いつまで続くんだ??

このおかしな状態は??

まさか今日一日中、この調子ではあるまいな?!


スーダーの街に行けば色々せねばならぬのだから、おそらくいつものコーバーに戻るだろう。

それまでの辛抱だと我は諦めてため息をついた。


コーバーに出会ったのは1ヶ月ほど前だ。

我の住むアルバの森におかしな反応があった。


時より、この世界にはおかしな事が起こる。

アミナスを中心にゆっくりと肥大していくこのドルムは、広がる為にどこかから様々な物を取り込む。

その過程で、今までなかったものが突如として出現する。

それはごく微細な事からかなりの大事まで様々だ。


ドルムにとっての異物。

それはゆっくりとした脅威だ。


それをドルムに馴染ませる役割を持つのがルアッハだ。

取り込んだ異物の脅威を取り除き、ドルムの一部にしていく。

そうやって馴染ませ、この世界は肥大していく。


コーバーがこのドルムに紛れ込んだのもそういう事だ。

ドルムが肥大する為に取り込んだ新しい異物。

だから森に違和感を感じてすぐ、我はそれを取り込みに向かった。


ただ予想外だったのは、それが意思を持つ存在体だったことだ。

敵意を持った危険因子ならともかく、コーバーは敵意など無く、むしろこのドルムに適応できずに死にかけていた。

カナカそっくりの姿をしたそれは、苦しげにもがいていた。


放っておけば死ぬ。

死んでから取り込めば良いと思った。


それはちょっとした興味だった。


いつもくるこの異物たちはどこから来るのだろう?

目の前のそれが、死にかけてはいるが意思を持った存在体であり、辛うじてまだ生きている。

無機物とは違い、意思疎通が可能かもしれない。

幸いな事にそれはこちらに敵意がない。

それにそれは妙に冷静で、パニックに陥っている訳でもない。

朦朧としながらも、ピントを合わせられない目で周囲やこちらを伺い、情報を得て分析し、理解しようとしていた。


だから意識を覗いてみた。

その瞬間「ヒグマ」と言う言葉と、おそらくそれを指すだろう生き物が見えた。

どうやら強い生き物で、遭遇したら恐怖の対象となり得るものの様だ。

なのに同時に「クマナベ」と言うものが意識の片隅に小さく見える。

よくわからないが食べるもの、食べる方法のようだった。


面白かった。

恐怖の対象なのに、無意識下に食べ物としての認識も微かに持っている。


我が考えを読んでいる事に気づくと、恐れるでもなくそれは笑った。

もう笑う事もままならない状況なのに、それは笑った。


案外、図太い性質のもののようだ。

冷静で、常に状況を把握しようと努め、死すら受け入れられる肝の座り具合。

生に対するこだわりの薄さは死に対するハードルの低さだ。

それを希薄と呼ぶものもいるが、生死すらこだわりが薄いものは、自分の理解を超える現象をも簡単に受け入れる事ができる特性がある。

生にこだわりの強いものは生きる事にハングリーであり生き残る確率が高いが、その分、死を恐れる。

死を恐れる分、理解を超える現象や究極的に死に近づいた時、パニックに陥りやすい。


どちらが良いかということではない。

ただ、どちらにも特性があって、その場に適応したものが生き残るのだ。


それは死を受け容れていた。

何も恐れず、周囲を冷静に見極め、自分の体の変化を鑑み、静かにそれを受け容れていた。


そして、こちらが考えを読んでいる事をふまえ、我を見上げた。

とどめを刺して欲しいと頼んできた。


冷静だった。

こんな状況で、冷静に周囲を把握して、自分にとって一番最良だと思う選択をした。

それは死であったが、だからこそ生の色濃い匂いがした。


命とは、いかに生きていかに死ぬかだ。


故に、パニックからでも絶望からでもなく、冷静に死を選択したそれからは、色濃い生の匂いがした。


だから思った。

これは生きるかもしれないと。


純粋に興味もあった。

意識に触れてみたそれは、ここではないドルム(世界)を記憶の中に持っていた。

このドルムに突然現れる異物が違うドルムから来ているのだとすると、それはどんな世界なのか知りたかった。


一か八か。


これを作り変えて、ここで生きれる状態にできれば、適応するかもしれない。

そうしたらここではない見知らぬドルムの話が聞けるかもしれない。


異物は取り込んで分析しても、意識までは取り込めない。

無機物や死体などではなおさらだ。

意識があれば多少覗き見る事は出来ても、怒りやパニックに溢れていると、ただでさえ断片的にしか見えないそれが更に訳のわからないものになる。


でもこれを生かす事ができれば、その情報を整理保存したまま、いくらでも話が聞ける。

ダメ元だが、やってみる価値はある。


ほとんど意識を飛ばし始めたそれに、我は触れた。

作り変えるために軽く融合させる。


知らない情報が滝のように自分に流れ込んでくるのを感じた……。



「………ネル??」


「ハッ!!」



我にかえると、コーバーが心配そうにのぞき込んでいた。

そして凄く反省した様な顔でため息をついた。


「ごめん……はしゃぎ過ぎた……。撫でくりまわし過ぎた……。」


「……まぁ、確かに。」


「ごめんなさい……ただでさえ可愛いネストルさんが、こんな可愛い姿になるなんて思ってなかったから、何かはっちゃけちゃいました……。」


コーバーは我が小さくなったせいか、口調がいつもと少し違ってきていた。

何と言うか、砕けた話し方をしている。

無意識なのだろうがちょっと面白かった。


「正気に戻ってくれたのなら構わぬ。びっくりしたがな。」


「だって~こんなに可愛いなんて~!!」


「お、落ち着け!!」


「しかもネルって呼んでとか照れながら言うし~!!ミニマムネストルさん!尊すぎる~!!」


またも少し興奮したコーバーが我にぐりぐり頭を擦り付けると、すーはーと深呼吸をした。

何度目だ、それは??

我は諦めてしたいようにさせた。


「………気は済んだか??」


「すみません……。猫吸い、久々だったもので……。」


やっておきながら、反省したのか項垂れる。

よくわからない男だ。

だいたい、猫吸いって何なのだろう??

コーバーといると知らない事がたくさん見えて面白い。

まぁ、たまに理解不能で怖いのだが、それも面白い。


「……軽く融合した故、コーバーの事は大体は分析できていると思っていたが……。」


やはり完全に同化させた訳ではないから、よくわからぬ。

本当に理解不能すぎて面白い。

でも、冷静で冷めた印象だったコーバーが、ころころと表情を変えるのを見るのは何か楽しかった。

本人が出会った時よりも生き生きと幸せそうだからなのかもしれない。


「コーバー。」


「何ですか??」


「このドルムでの生活は楽しいか??」


そう聞かれ、コーバーは目を丸くした。

楽しいという言葉の事を考えた事がなかったという顔だった。

しばらく真顔で固まった後、コーバーはふわっとした笑顔を見せた。


「そうですね、今、俺、生きているのが楽しいですよ、ネストルさん。」


その顔を見て、我はああ、と何か納得した。

多分、自分のした事は正しかったのだと思えた。


それがどういう事なのかはまだ良くわからない。

でも、あのまま死なせて食べなくて良かったと思えた。

きっと生かした事で、それ以上のものを食べる事ができるのだと思えた。


「…………ネストルさん……じゃなくて、ネルっ!!」


コーバーがまた興奮ぎみに声を上げた。

今度は何だと身構える。


「あれ…!あれがスーダーの街ですか?!」


そう言われ、抱かれている腕の中から指差す方を見た。

歩いてきた林を抜けた先、そこには目的地であるスーダーの街が見えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ll?19071470k ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ