過去より〜今を生きる
「……すまん。」
大きな巨体を縮こめて、ネストルさんが謝る。
いやいいんです……コップが割れたり色々してますが、いいんです……。
何しろネストルさんが!!
大きい状態で頭グリグリしてくれたんですから!!
大地にめり込みましたが!いいんです!!
も~、幸せすぎる~。
これは一週間は安眠が約束されたようなもの。
むしろそのまま昇天するかと思いましたよ!!
……まぁ、ラッチャルさんが助けてくれなかったら死んでたんですけどね…。
でもしゅんとしているネストルさん……。
駄目だ…可愛い……大きくても可愛い!!
いや大きいからこそ可愛い!!
小さい影子のネルも可愛いが!!
大きなネストルさんも可愛い!!
あああぁぁぁぁ~!
可愛い過ぎて怒るポイントが見つからない!!
今日一日、ネストルさんのもふもふ不足で頭のイカれた俺は、もう思考回路がまともではなかった。
それをこんな形で過剰摂取したら!!
飛ぶに決まってるじゃないですか!!
ネジが!!
「いや……何か色々駄目なんですけど、駄目じゃなくて大丈夫です~。うへへ~。」
半ばラリった感じの俺。
ネストルさんがそんな俺を見てショックを受ける。
「コーバー!!どこか打ちどころが悪かったのだな?!そうなのだな?!」
「いや、コーバーさんはアッシが守ったんでどこも打ってねぇですよ……。」
ボソッと呟いた言葉に、ネストルさんがハッとしてラッチャルさんを見た。
やっとそこに来て、ラッチャルさんの存在に気づいたようだ。
そして泣き落としよろしくすがりつく。
痛いって言ってた時は無視されてたのに、ラッチャルさんが可哀想すぎる……。
「ルナー!ルナー!!コーバーがぁ~!!」
「~~!!うっさいですよ!ネストルのダンナ!!アッシが痛いと騒いた時は無視したくせに!!それからルナーじゃなくて!!ラッチャル!!」
プンスカ怒って、ネストルさんの鼻頭をぽかんとふさふさの二本のシッポで叩く。
落ち着いてから考えれば、地獄のようなカオス状態。
巻き込まれたラッチャルさんが本気で可哀想だ。
頭のネジが飛んでいる俺と動揺で冷静さがないネストルさんを、ラッチャルさんは冷めた目で見つめ、深々とため息をついた。
「……お母様が亡くなられてからはどんどん街への訪問が減り、長年、必要がなければほぼ森に閉じこもっていた旦那がステディーを持ったというから……少しは人付き合いをする気になってきたのかと思ったというのに……何なんですか??この有様は……。」
呆れたように言ったラッチャルさんの言葉に、俺は妙な言葉が混ざっていた気がして顔を向けた。
「ラッチャルさん……今なんて??」
「ですから~ネストルの旦那がやっと人付き合いを再開する気になって、ステディーを持ったと思ったんですけどね、アッシは~~。」
「……す、すてでぃ?!」
「はい。……あれ?!コーバーさんはダンナのステディーではないのですかい?!」
「違いますよ!!何でステディなんですか?!」
俺は流石にそれは全否定した。
いつ、何でネストルさんと俺がス…ステディと言う事に?!
あまりの事に変に顔が赤くなり、固まってしまった。
ところがである。
「コーバー?!我はコーバーのステディーではないのか?!」
「はいぃ?!」
そこに思わぬ声が交じる。
信じられなくて振り向くと、半泣きのようなネストルさんがプルプルして俺を見ていた。
耳がしょぼんとしてて可愛い……ではなくて!!
「ステディではないでしょう?!」
「何故だ?!コーバーは森で一緒に暮らすと言ったではないか?!何度も我が確認したのに!!コーバーはアルバの森で我と暮らすって言ったではないか~!!」
「言いましたよ?!俺はネストルさんと一緒にいたいから!街には住まないで、ルースとしてネストルさんとアルバの森で暮らすって?!」
「ならステディーであろう?!」
「違いますって!!変な言い方しないで下さい!!」
「何故だ~!我はコーバーの事を、血は繋がらなくとも!家族のように思っているのに~!!」
「俺もそう思ってますよ?!だからステディではないでしょう?!家族なんだから!!」
「血の繋がりなく家族として共に暮らすのはステディーだろう?!」
「違いますって!!家族は家族でしょう?!」
「我はこの国のコーバーの家族ではないのか?!」
「家族ですよ!!」
「ならステディーだろう~!!」
「違いますって!!」
何か話が微妙にズレている気がする。
それを端から呆れ顔で聞いていたラッチャルさんがツッコむ。
「あの~もしかしたらなんですが~??旦那の言っているステディーとコーバーさんが言っているステディは、意味が違うんじゃねぇですかねぇ~??」
そう言われ、俺とネストルさんは一度ラッチャルさんを見つめ、それからお互いを見た。
「え??ネストルさんの言っているステディって?どういう意味なんですか??」
「だから、血のつながりなく共に暮らす、家族のような相手を親しみを込めてステディーと言うのだろう??」
「え?!そうなんですか?!」
「そうでやすね~。少なくともここいらではそう言いやすねぇ~。」
「えええぇぇぇぇぇ~?!」
これは……とんだ勘違いをしたようだ。
俺は真っ赤になって顔を覆って俯いた。
流石に恥ずかしすぎる!!
「??なら、コーバーはステディーをどういう意味だと思っていたのだ??」
やっとお互い行き違いがあったとわかり、ネストルさんは落ち着きを取り戻してそう聞いてきた。
いや…でも……答えられん……。
恥ずかしすぎて答えられん……。
「コーバー??どういう意味なのだ??」
「そ、それは……。」
「それは??」
「俺のいた所では~……。」
「何だ?!はっきりしろ、コーバー!!」
「~~~!!俺のいた所では!!ステディはギムギムさんとリーフスティーさんの様な関係を示す言葉です!!」
「なっ?!なんだと?!」
「うひゃゃゃ!!そりゃあ、いくら何でも力一杯否定しますわなぁ~!!旦那がステディどころかリベルを持つとか!!ありえない!!ひ~!可笑しい~!!」
ラッチャルさんが宙に浮きながら笑い転げてる。
いや、別にネストルさんにそういう相手ができてもそこまで笑う事じゃないでしょう?!
ただ、それが俺だと言うのはおかしいってだけで……。
静かな夜の草原に、ラッチャルさんの馬鹿笑いがやたら大きく響く。
それがネストルさんの焦りに拍車をかけた。
「ち!違うぞ?!コーバー?!我はコーバーの事は家族だと思っておってだな?!」
「わかっています…わかっていますから、みなまで言わんで下さい……。」
何か言い訳をしたくなるのはわかります。
わかりますけどこれ以上、俺の恥を上塗りしないで下さい、ネストルさん……。
だが、妙に感情が昂っているネストルさんは、アワアワしながらそれが止まらない。
「我は!我は~!!昔、父と母を無くして!その時とても悲しくてだな?!だからもう!何かと深く関わるのはやめようと思っていたのだ!!」
「……え??」
テンパったネストルさんは、思わぬ事を話し始めた。
意外な話に俺は顔を上げた。
「恥ずかしい話、前回コーバーと影子で街に行った事で……、幼かった頃を…マクモになるずっと前に、父と母と街に住んでいた頃を思い出してだな……。それで父と母がもうどこにもいない事を鮮明に思い出してしまい……。だから今日、街に行くのが怖くなった……。それで土壇場で逃げてしまったのだ……。」
「ネストルさん……。」
テンパリから一転、話しながらだんだんとネストルさんはしゅんと小さくなった。
項垂れ、ポツポツと話すその姿は、あんなにも偉大に見えたアルバの森のマクモとは違った。
あれほど大きく見えたネストルさんの姿が、今はとても小さく見える。
俺はじっとネストルさんを見上げた。
「でも……外で待っていても、中でコーバーがどこでどうしているか、またおかしな物を食べて体調を崩してはおらぬかと気になって気になって……。むしろかえって辛かった……。幼かった日を思い出す事より、父と母がいない事を思い出す事より、暗くなっても帰ってこぬお主を心配することの方が辛く、とても怖かった……。」
鼻の奥がツンとした。
俺はネストルさんの何を見てきたのだろう?
この偉大なマクモが、どんなに優しく心が澄んでいるが、一番近くで見てきたのに。
「コーバーは我とアルバの森で暮らすと言ってくれた。嬉しかった。でも、きっといつか街に行ってしまうと言う思いが消せなかった。後々、やっぱり街に住むどこ言われたら悲しい。でも同時にその方がこの世から存在がいなくなってしまった時、悲しくないのではとも思っていた。だったら早い方が寂しくない。でもコーバーに街に行って欲しくない。しかし街に行ってしまえばこの先悲しまなくていい。そんなどっちの気持ちもあったのだ……。」
やっとネストルさんがなぜあんなに頑なで、何度話してもわかってくれなかったかがかわかった。
俺を拾ったペットの様に思っている訳でも、いずれ取り込む為に側に置いている存在と思っている訳でも、非常食な訳でもなかった。
なんで気づかなかったのだろう?
こんなに近くにいたのに。
ネストルさんの過去だって知っていたのに。
この人がどんなに純粋な存在か知っていたのに…。
「我は本当は、コーバーにアルバの森にいて欲しいのだ。街に行くにしても一緒に行きたいのだ。だってコーバーは……血のつながりはなくとも……かつての父と母の様に……もう、我の家族のようなものだから……。」
「だから、ネストルさんの言うところのステディーなんですね……。」
「うむ……。」
今日一日、ネストルさんがどんな想いで俺を待っていたのか知った。
そしてそれによりネストルさんは、消えない過去の悲しみよりも、心配しても何もわからず何もできずにいる事の方が辛いと、今、俺といる時間に生まれる辛さの方が苦しいと言ってくれたのだ。
俺は何も持たずにこの世界に来た。
特別な力もない。
権力もない。
それどころか来た瞬間、適応できずに何度も死にかけた。
でもきっと、何もいらないから何もなかったのだ。
だって俺は、この世界でネストルさんに出会ったから。
俺にはネストルさんがいたから。
元の世界でも幸せだったかはわからない。
いつも追われるまま、何かを考えたりせず生きていた。
考えれば不安になるから、ただ日々を繰り返していた。
抜け出してしまったら生きていける保証もなくて怖いから結局それをせず、早く世界が滅びないかなぁなんて無責任によく思っていた。
でも、今は幸せだと胸を張って言える。
モフっとネストルさんの胸毛の中に飛びつき、大きすぎる体をギュッと抱きしめた。
まぁ、端から見れは俺が巨大なネストルさんの胸毛の中にモフっと埋もれただけにしか見えないんだけど……。
「俺も、ネストルさんが家族のようなものです。この世界で頼れる唯一の相手です。いやそりゃ、他のみなさんも助けてくれます。でもネストルさんは特別なんです。ネストルさんは俺にとって家族であり、唯一の特別な相手……なんて言えば良いんだろう……言うなれば家族であり相棒……バディなんです……。」
そう言うとネストルさんは俺に顔を寄せ、キョトンとした。
「バ……バーディー??」
「いやバディですって。」
「……バァーデイー??」
「バディですって!無二の相棒って意味です!」
ネストルさんは言おうとしてくれるのだが、やはり上手く発音できないようだ。
何かたまに起こるこの発音問題は本当に何なんだろうと思う。
いやもう、バディが言えるか言えないかなんてどうでもいい事なんだけどさ~。
こんな感動的な時に、何もそうならなくても、と思う。
「それでいいんでないですかい?」
俺達の話を聞いていたラッチャルさんが、ふと、言った。
どういう事だろうと、俺とネストルさんは夜のアミナスの光の中、ふわふわ浮かんでいるラッチャルさんを見上げた。
「何が良いのだ??ルナー??」
「ダンナもしつこいですよ!!アッシはルナーじゃなくてラッチャル!!次、ルナーと言ったら、コーバーさんをこのしっぽで誘惑しますからね!!」
「何だと?!」
「あ~、はいはい。お二人とも落ち着いて下さい。それで、何がいいんですか?ラッチャルさん??」
ちょっと、たしかにラッチャルさんのしっぽは魅惑的だなぁなんて思いながら訪ねる。
ラッチャルさんはくるりと浮かんだまま1回転すると、ニンマリと笑った。
「お二人の関係ですよ。」
「それがどうした??」
「バーディーでいいんじゃないですかね?って事ですよ。」
「……どう言う事です??」
「ふふっ、ですからね??こちらで血の繋がらない家族を表すステディーと、コーバーさんの言う、その…、相棒を表す言葉を混ぜ合わせて、バーディーって事でいいんでないですかね?って事です。」
「……ステディーとバディを合わせて……バーディー……?」
「お二人にちょうどいい言葉でしょう??」
アミナスの世明かりを浴びながら、ニンマリと笑うラッチャルさん。
何だかとても不思議な生き物に見えた。
二本のもっふりした尾がゆらゆら揺らめく。
「!!ラッチャル!!コーバーに術を使うな!!」
「ありゃりゃ、バレちまいやしたね~。」
その瞬間、ネストルさんが立ち上がり、硬い鎧に覆われた様なしっぽで、ラッチャルさんを叩き落とそうとした。
しかしラッチャルさんはふわりとそれを避けて、空中でコロコロ笑っている。
う~ん、流石に妖狐っぽいだけあって掴みどころがないなぁ、ラッチャルさん。
俺は苦笑した。
ネストルさんは立ち上がった状態で、俺を守るように足の下に入れ込んだ。
ほうほう、立った状態のネストルさんのお腹の方ってこんな感じなんだなぁと、場違いに感動してしまった。
呑気な俺をよそに、ネストルさんがラッチャルさんを睨む。
「お主……覚悟はできておろうな……?!」
「も~う、ダンナったらぁ~、いや~ん。だって~。ずっとアッシがシュッツとして寄り添ってきたのにぃ~。アッシは名前すらまともに呼んで下さらなくてぇ~。ちょっとした可愛いヤキモチではねぇですかぁ~。」
ネストルさんが軽く牙を見せて凄むが、ラッチャルさんはどこ吹く風、クネクネと体をくねらせている。
何となくわかってたけど、ラッチャルさん、キャラ濃いなぁ~。
思わずブッと吹いてしまった。
「……ラッチャルさん、面白すぎる。」
「おやぁ?!おやおやおやおや!!わかってくれやすか?!コーバーさん!!アッシの良さを!!」
「面白いなぁとは思います。」
「あらやだ!嬉しい!!こんな堅物で笑いのわからないネストルのダンナなんかやめて、アッシのステディーになりやすか?!コーバーさん?!」
「ラッチャル~ッ!!」
俺に面白いと言われ、調子に乗ってラッチャルさんは冗談を言い続ける。
面白いとは思うけど、ずっと一緒にいたら疲れそうだなぁと俺は苦笑いした。
堅物と呼ばれたネストルさんは、冗談を真に受けてしまってフウッと毛を逆立てている。
「うふふっ。ジョーダンですよ、ダンナ。何にせよ、良かったではねぇですかい。ダンナもコーバーさんも、行き違っているようで、同じように相手を想っていたのですから……。」
そう言われちょっと気恥ずかしくなる。
ネストルさんもちょこんと座り込んでしまい、俺はその毛の中に埋もれた。
う~ん、サービス過剰!!もふもふ天国だ……。
「ではそろそろ、お邪魔虫は退散しやすよ。」
「ラッチャル……。」
「おやすみなさい、お二人に良い夜を。」
「……ああ、良い夜を、ラッチャル。」
「最後に一言だけ。あんまし油断はしない方が良いようですよ??ネストルのダンナ??コーバーさんはどうも、ルアッハに酷く好かれやすいお人の様ですからね……。」
「??どういう意味だ??」
「どういうもこういうも……ご自分で確認してみればわかりやすよ??」
ラッチャルさんにそう言われ、ネストルさんは俺に鼻先を近づけてクンクン嗅いだ。
そしてハッとしたように大声を出す。
「コーバー!!お前!!なんだその印はぁっ!!」
「印??……あ!トレスが噛んだヤツの事ですね??」
「トレス?!……この匂い!シンマか!!」
「そうですよ??」
「そうですよではない!!なぜ!街に行ったのに!シンマから印をつけられて来るのだ?!お主は!!」
「ちょ、ちょっと!!落ち着いてくださいよ!ネストルさん?!何かこれ、まずいんですか?!」
「まずいかだとぉ?!本当にお前という奴は!!ちょっと一人で街に行っただけなのに他のルアッハに印をつけられるとは!!しかもシンマだと?!本当にお前という奴は信じられん!!」
「え?!えぇぇ?!」
「もう二度と一人で出歩かせぬからな!!コーバー!!そのつもりでおれぇぇっ!!」
「えぇぇぇぇぇっ?!何でぇ~?!」
唐突に酷く叱られる俺。
ブチギレおかんみたいなネストルさん。
そんな二人を遠目に眺めながら、アミナスの夜明かりの中、ラッチャルはふわりと自分が守るコルモ・ノロの街へと戻って行った。




