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異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。  作者: ポン酢
ひとりといっぴきのリスタート
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第一ラウンド

モエさんはまず、俺がお願いした青いジンジャーエールの味の感想などを簡単に話し始めた。


「決して悪くはありませんが、まだお味に改良の余地があると思います。初めは見た目の変化と言うインパクトで売上に勢いがあるかと思いますが、やはりお味がよろしくないと客は離れます。逆にお味がよろしければ、見た目の変化にお飽きになっても持続的に売上があるはずですわ。」


「はい。」


モエさんの返答は、ある程度予測できていた部分だった。

俺としてもまだ、あの青い弱炭酸のジンジャーエールは納得していない。

とりあえずスキューマっぽくなるから販売に許可がいるだろうと思い、早めに申請しようとしただけなのだ。

まさか2回目の今日で、次の隠し玉として準備していたモノを取り急ぎ用いる事になるとは思っていなかった。


「また、見た目の変化を用いたパフォーマンスも、もう少しお考えになってもよろしいかと思いますわ。」


「パフォーマンス…ですか?」


「ええ。」


そしてさらに、モエさんはその見せ方についても感想を述べ始めた。

ちょっと意外だが、確かに俺にはパフォーマンス性はない。

前回だって、ノース君の天然パフォーマンス力に頼った部分が大きい。


「蜜水を赤く変えるパフォーマンスもそうですが、ユゥーキはあまり見せ方が上手くありませんわ。せっかく目を引く商品を扱っているというのに。」


「ははは…。」


「今一度、ここで赤くする蜜水と青くする蜜水を見せて頂けないかしら?」


「ここでですか?!」


「必要なものがあれば、トールボットに用意させますわ。」


「何なりとお申し付け下さい。コーバー様。」


危なかった。

何となく気乗りしなくて早めに店じまいして良かった。

ヴァルテの花の蜜も、メチャクチャ酸っぱいゾイの実も残ってる。

そうか、商談する時は現物を見せたりする必要もあるんだな、覚えておこう。


「ではすみません。蜜を割る水を頂けますか?」


「畏まりました。よろしければ、グラスもお貸し致しますが?」


「よろしいんですか?」


「はい、もちろんでございます。少々お待ち下さい。」


そう言うとタリーさんは一度部屋を出て、水と透明なグラスをいくつかトレーに乗せて戻ってきた。

俺はそれを借り、蜜水を作り始める。

借りたグラスだと目分量が狂うので、自分のコップを一つ使う。

いつもの濃度に合わせてから、借りたグラスに移す。


「まず、赤くする蜜水をお作りいたします。」


そう言ってゾイの実を丸々一つ絞る。

周りに柑橘系の爽やかな匂いが広がった。


「ほう……。なるほど、ヴァルテの蜜ですな。そしてそちらはゾイとお見受けしました。」


「はい。ヴァルテの花の蜜とゾイの実です。」


果汁が入り斑になっている蜜水をかき混ぜ、淡い桜色の蜜水を作る。

蜜水とは言っているが、俺的にはレモン水の様なスポーツドリンク的な濃度に作ってある。

歩き回って喉が乾いているところに、スッと飲めるように調整した。


「よろしければどうぞ。」


俺はそう言って、モエさんとタリーさんの前に差し出した。


「トールボット、確認を。」


「はい。では失礼致します。」


もえさんに促され、タリーさんはグラスを手に取ると、飲む前にその色をよく観察した。

そして柔らかく微笑む。


「とても美しい色合いです。コーバー様。」


「ありがとうございます。」


「香りもまた強すぎず、ほのかな酸味を感じ、喉を潤したくなる香りです。」


「そう言って頂けて嬉しいです。」


何だか褒め殺しのように立て続けに言われ、恥ずかしくなる。

そして少し口に含み味を確認した後、数口飲まれた。


「……なるほど。コーバー様は露店街の端でこの蜜水の露店をされていると伺いました。」


「はい。」


「これはそれ用に調整されたのですね?」


「はい。」


「よくお考えになられて、この濃度にされた事がとてもよくわかります。」


「………ありがとうございます。」


にっこりとそう言われ、俺は赤くなってきてしまった。

待ってください。

俺はかなり戦う気でここに来たのに、こんな褒め殺しに合うとは思わなかった。

思っていた商談と違い、妙に気持ちがアワアワしてしまう。


「確かに屋外で露店巡りをされていた時ですと、この濃度が大変飲みやすいかと思います。色を変えるパフォーマンスで人を呼び込み、喉の乾きを覚えている人々に淡い酸味で訴えかける。大変素晴らしい商法かと思います。」


トドメとばかりにそう言われ、俺はもうどう返していいのかわからなくなって、小声でありがとうございますと言って俯いてしまった。

正直、この歳になって、ここまで褒め殺しをされた事なんてなかったので、顔から火が出そうだった。


「トールボット、そこは私もわかっておりますわ。私が何を求めているかは、わかっていますわね?」


「はい、もちろんです。お嬢様。」


ツンとした声にハッと顔を上げる。

そうだ、俺はモエさんと商談をしているんだ。

タリーさんの褒め殺しに浮かれている場合じゃない。


「ではお願い。」


「畏まりました。コーバー様、大変失礼ですが、私にもその蜜水を作らせて頂いても?」


「あ、はい……。」


モエさんが何を求めているのかはわからないが、ここは要求に従おう。

俺は花の蜜を入れている細長い瓢箪みたいな容器と、ゾイの実を数個渡した。


「コーバー様は露店用の濃度で作られていましたが、私は店内用に、少々濃い目に作らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「はい、構いません。」


俺がそう答えると、タリーさんはにっこりと笑った。

そして少し考えた後、空いているグラスに先にゾイの実を絞り始める。

ゾイの実もやはり少し多めで一個半使用した。

横でノース君が昼間の事を思い出したのか酸っぱそうな顔をするものだからちょっと笑ってしまう。

そんな俺の事には構う事なく、タリーさんはゾイの果汁の上に、そのままゆっくりとヴァルテの花の蜜を注ぎ始めた。


「!!」


俺はそれを見て、タリーさんがどういうパフォーマンスをするのかがわかった。

そしてそれが、俺のやっているパフォーマンスとは格が違う事も理解した。


ある程度蜜を入れ終わると、タリーさんは別のグラスに薄めの蜜水を作って蜜を注いだグラスにゆっくり入れていく。

段々と出来上がっていくそれに、ノース君が目をキラキラさせた。


「凄いっす!!混ざらないでグラデーションになって一つのコップに入ってるッス!!」


そう、出来たのは薄い青から濃い青になり、濃い青から赤みを帯びていくグラデーションの蜜水だった。

簡単には混ざらないよう糖分の濃度を利用しているのだ。

だが濃度だけでこれが出来るわけじゃない。

それを可能とする知識と技術と感覚があってこそできる事だ。


『とても綺麗だわ……。』


「ふふっ。マスター、リーフスティーがとても綺麗だとため息をついています。」


「それは光栄です、リーフスティー様。今回は私なりのパフォーマンスをお見せする様にとお嬢様からのお話でしたので、味の方の調整は致しておりませんが、如何でしょう?」


そう言って俺の前にそのグラスが差し出される。

ノース君とリーフスティーさんが少し身を乗り出して顔を寄せ、キラキラとそれを見つめた。


俺はふうっと溜息を吐く。

悔しいが、俺にはここまで商品を見せる演出は思い浮かばなかった。

全く同じものを使って、同じものを作っているのに、ここまでの差が俺とタリーさんにはある。

先程までの褒め殺しは何だったんだろう?

もうため息しか出てこない。

そんな俺を見つめながら、タリーさんは穏やかに続ける。


「これに柑橘系のフルーツ等を飾れば一層華やかになりますし、せっかくですから花をそのまま添えてもよろしいかと思います。この形でお客様にお渡しし、飲む前に混ぜて頂けば……この様に、先程と同じように色の変化を楽しみながらお飲み頂く事ができます。」


タリーさんはそう言ってグラデーションになっていたグラスをかき混ぜた。

グラスの趣がまたガラリと変わり、あの優しい桜色の蜜水が出来上がる。

ここまで来るともう悔しいとすら思えない。

俺は大きく息を吐き出して微笑んだ。


「………流石です。完敗しました。」


「いえいえ、私は長くこう言った仕事をしております故、そう言った見せる知識と方法を知っているに過ぎません。それに私の方法は、やはり店舗での見せ方となります。露店では商品を飾り立てるよりも、素早くお渡しする事が要求されます。ですので、私はコーバー様が露店で売られていた方法はとても良い方法だと思います。」


穏やかに笑うタリーさん。

だが俺にはモエさんが言いたい事がどんな言葉よりもよく突き刺さった。


やはり只者じゃない、このお嬢様。


いつから俺が蜜水を売るのを見ていたのかはわからないが、そんなに長い時間ではないはずだ。

それなのに俺に足らない部分を的確に、そして目の前に突き付けてきた。

ぐうの音も出ないほどしてやられた。


参ったという顔の俺を見て、モエさんは扇子で口元を隠してしたり顔で笑う。


気を抜いたら負ける。

いや、別に勝ち負けにこだわってはいないのだが、初手でここまでこてんぱんに打ちのめされると、逆に頭がおかしくなってきてだんだん面白くなってきてしまった。


俺はモエさんをまっすぐ見返し、にっこり笑う。

第一ラウンドはK.O.されたけれども、俺だって何も考えずにここに来た訳じゃない。


まだここからだ。


俺はそんな風に思いながら、青いジンジャーエールを作る準備を始めた。

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