新しき風
「ギムギムさん?」
「何だ?ノース?」
「コーバーさん……大丈夫なんスかね??あれ……??」
ノービリス家のご令嬢との対談対策、もとい「不思議な粉」についての特許をどうするかの話し合いをギムールと終えた後、商談テーブルで難しい顔をして考え込んでいるコーバーを遠目に見ながらノースは言った。
とても心配しているのがよくわかる。
ノースは元々ウォーグルにしてはとても人懐っこい性格をしていて誰にでもすぐ懐くところがあったが、コーバーに対してはまるで昔から可愛がってもらっていた身近な知り合いの様に懐いている。
だからこのノービリス家のご令嬢との対談の事をとても気にかけている。
そんなノースを見てギムールはくすりと笑った。
「俺には何か話が難しすぎてよくわかんなかったスけど……。」
「そうだな。お前はまだ特許関連は扱ってないからそう思うだろう。今回の事は勉強だと思えばいい。」
「う~、特許関連の仕事って、そんな難しい話が混ざるんスか?!」
「そりゃそうだろう?今まで用いられて来なかった技術等が絡んでいるから、特許として認められるのだから。」
「俺には無理ッス~!!」
「まぁ、ノースに特許関連の仕事を回す事はないと思うが、今回の様に、販売しようとしている物に特許が絡んでくる事はよくある話だ。受付で商業許可を出す場合でも、そう言った事が絡んでくる事を今後は意識して業務をする事だよ。この街に商売をする為に初めて来て訪れるのがここ、商業許可所だ。登録の時点でそれが特許申請をしておいた方が良いか話していて気づくことが出来れば、後々、特許関連で揉める事を防ぐ事が出来る。今後、登録申請を受け付けた時は、そういう部分にも目を配る事だよ。今後、少しでもそう言った疑問を感じたら、私を呼びなさい。」
「わかったッス~。」
頭の中をぐるぐるさせながら答えるノース。
それを穏やかな表情でギムールは見守った。
自分では意識していないようだが、明るく元気だけが取り柄の様に何も考えずに事務的に勧めてきた自分の仕事の重さを、今回コーバーを気にかける事でノースは自覚した。
後輩の成長というのは見守っていて嬉しいものだ。
ギムールはいつもの様に首元に巻きついている恋人、リーフスティーと顔を見合わせ微笑んだ。
微笑み合うリーフスティーが泡の弾けるような音を出す。
『コーバー氏は不思議な方ね。ギムール。』
「そうだね。」
『持っている知識もそうだけど、何より、私達に新しい風を運んでくれる。』
「うん。」
『これはルアッハ的な感覚で見た話だけれども、あの方が一歩一歩、自分の足で前に進もうとされる度に、ほんの少しずつ新しい世界が広がっていく気がするの。』
「ふふふっ、私もそう思うよ。」
『ご本人は気づかれていないみたいだけれども、あの方の一歩が私達に多くの事を教えてくれる。一歩一歩はとてもゆっくりだけれども、でも確かに新しい風を感じるの。そして周囲も気づかぬうちにその風を受けている。』
「うん。」
『私達が意識できないうちにアミナスを中心に広がっていくこの大地の様に、その風は広がっていく気がするの……。』
会話ができるようになったリーフスティーはたくさんの事をギムールに話してくれる。
その内容は言葉を交わす前から感じていたように、とても思慮深いものだった。
あの後から、二人は基本的には常に繋がった状態で過ごしている。
そっと手を添え、ギムールはリーフスティーに触れた。
そして周りに聞こえないように声を潜めた。
「……彼は、アルバの森のマクモ様に選ばれたんだよ。それが偶然なのか意図的なのかはわからない。だが、コーバー氏がマクモ様の息吹を持っている事は紛れもない事実。彼はマクモの使者であり、その申し子と言える。……最も、その役割の話をコーバー氏が知っているとは思えないし、我々ももう、そんな伝説めいた話は誰も覚えていないのだけれどもね。」
『不思議ね……。その役割を知らなくても、それでもコーバー氏はその役割を担ってる。』
「面白いのが、それを息吹を与えたご本人もご存知なさそうなところだ。」
『うふふ。私も頂いたモリーアを取り込んだ事とギムールに疑問を話されるまでわからなかったわ。だって、あんな愛らしいお姿で、しかもあんなにコーバー氏に懐いていらして……。』
「かのマクモ様はルアッハの中で、マクモになるにはとてもお若かった。いや、幼かったとも言える。」
『そう……あの悲劇さえ起きなければ……あの方はきっと、クエル化して穏やかに街でご家族と暮らしていた……。』
「それゆえご母堂様が御隠れになられた後はなかなか街に訪れて下さらなかったが、今、こうして形を変えて街と関わろうとなさっている。その点だけでも彼の存在は、この街でありこの土地にとってとても大きい……。」
『そうね……。』
ギムールとリーフスティーは、そこからしばらく何も言わずにコーバーを眺めた。
かのマクモの息吹を持ちながら、その力にほとんど頼る事なく、自分自身だけで一歩一歩進んでいこうと悪戦苦闘している若者。
マクモの息吹とは関係なく、そのひたむきに頑張る姿は周囲に力になりたいと思わせる。
風か、とギムールは思う。
リーフスティーが新しい風と表現したもの。
確かに自分も感じているそれ。
コーバーヤッシュ氏には特別、何かある訳ではない。
多少、目を引く知識はあってその応用が思いもしない形で使われているが、その存在に特別感はない。
どこにでもいる若者。
なのに、知らぬ間に彼の歩みに引き込まれ、手助けしたいと思ってしまう。
「本当、不思議な方です。コーバー君は。」
とはいえ、今はノービリス家のご令嬢との商談をまとめなければならない。
ノービリス家と商業許可所は、ずっと微妙な力関係でお互い深くは触れずにやり過ごしてきた。
3代目となるだろうと言われるかのご令嬢は、とても斬新で優れた商売の才能がある。
けれどもそれ故に、各所との揉め事が多かった。
今回のコーバー氏との商談。
ここにも新しい風が吹くのだろうか?
ノービリス家のご令嬢は、コーバーがマクモの息吹を持っている事は知らないだろうし、知っていたとしても古来の伝説までは知らないだろうしそんな事は信じないだろう。
そしてコーバーも、この商談にマクモの名を出す事はないだろう。
「どうしてですかね、不思議です。」
「……何がッスか??」
コーバーとは離れた場所で頭を悩ませているノースの側により、肩をぽんぽんと叩いた。
自分では力になれない事を気にやんで涙目になっている後輩に優しく微笑む。
「私はこの商談、あまり不安に感じません。」
「えぇっ?!ノービリス家のご令嬢ですよ?!今までだって散々、色々あったじゃないですか?!」
「そうなんですけどねぇ。」
「コーバーさんが意地悪令嬢にイビられるに決まってるッス!!特許も取り上げられちゃうかも!なのに俺、何もしてあげられないッス!!」
「ノースが力不足なのは否定しませんが……。」
「そこは否定して欲しいッス!!」
「事実でしょう?」
「うぅ~。」
「ですがコーバー氏が力不足だとは私は思いません。」
「でも!!あのノービリス家のご令嬢ッスよ?!」
「ええ……。でもコーバー氏は、いつだって思いもよらない切り札を持ってこられるではないですか。」
「そうッスけど……。」
「案外、してやられるのはお嬢様の方かもしれません。」
「……あのノービリス家のご令嬢が??コーバーさんに??」
「ふふふっ、それはどうなるかは私にはわかりませんよ。でもほら、彼の顔は諦めていません。勝ちに行く気ですよ。コーバー氏は。」
ちょうどソファーから立ち上がり、コーバーが二人の方に歩いてくる。
その顔をギムールとノースははっきりと見た。
ノースが無意識に安堵のため息をつき、コーバーに走り寄る。
「コーバーさ~ん!!」
「おまたせ、ノース君。ギムギムさん。」
「考えはまとまりましたか?」
「いや~、どうなんでしょう~。でもここで考えてても仕方がないなって思って。」
「そうでしたか。」
「それで大丈夫なんスか?!コーバーさん?!」
「う~ん??ま、当たって砕けろ?的な??」
「砕けないでくださいッス!!」
「でもここで考えててもさ~。事件は会議室で起きるんじゃなくて現場で起きるもんだし。」
「??何スか?それ??」
「いやいや、こっちの話だよ。」
ノースとじゃれ合うコーバーを見つめながら、ギムールは穏やかに笑った。
何も心配はいらない。
手助けが必要な時、そうすればいいだけだ。
後はきっと、このマクモの息吹を持つ若者が新しい風を呼んでくれる。
ギムールは微笑んでリーフスティーと顔を見合わせた。
「今回は一緒に行って下さって、ありがとうございます。ギムギムさん、ノース君。」
改まってそう言って頭を下げるコーバー。
それを見てノースは照れ臭そうにもじもじした。
「いいんスよ~。……でもギムギムさんと違って、俺がいても何にも役に立たないと思うッス……。」
「そんな事はない!!」
「え??」
「ノース君はいてくれるだけで心強い!!」
「そ、そうッスか?!」
「そうなんだよ~!ノース君は隣にいるだけで十分心強いから~!!」
「え、えへへ~。そうなんスか~?!何かそう言われると嬉しいなぁ~?!」
コーバーはそう言いながらどさくさに紛れてノースの頭をもふもふしている。
それを少し苦笑いしてギムールは見つめた。
『コーバー様、もふもふ不足なのね……。』
「どうやらその様だね……。」
確かにノースを連れて行く意味は、今のコーバーにはとても大きいようだ。
今回、可愛い連れがいない事は彼のストレスになっているとみえる。
しっぽをぶんぶん振って、いるだけで心強いと言われた事に純粋に喜んでいるノースには申し訳ないが、おそらく心強いの意味はコーバーとノースでは少し違うと思われる。
「まぁ、わざわざ言う必要のない事ではありますけどね。」
『そう、知らない方が幸せな事も多いものよ。』
そんな事をつぶやき合い、ギムールとリーフスティーは顔を見合わせ笑ったのだった。




