新世界での目覚め
「……あれ??」
ふと目を開けると、木々に囲まれた澄んたエメラルドグリーンが見えた。
なんだろう??水の底を見上げてるみたいだ。
何か綺麗だなぁとぼんやりと眺める。
空なのか水なのかわからないそれは、ゆらゆらとほのかに瞬きを漂わせて揺らめいていた。
「……起きたか。」
そう地を震わすような声がした。
いや、実際揺れた。
揺れたというか……響いて来たのだ。
慌てて体を起こし、振り返るように声のした方を見た。
「?!」
「よく寝ていたな??体の調整はそこまでの負荷は掛かっていないと思ったが、やはり別のドルムの存在体に手を加えるというのは負荷の予測ができず、難儀なものだな。」
「へっ?!」
「まぁ、何にしろ目覚めたのだから良しとしよう。」
「……………。」
俺は何が起きているのかわからなかった。
これは夢だろうか??
まぁ、夢だと考えるのが一番現実的なのだが、多分違う。
そのまま固まってどうすべきか考えようとしたが、キャパオーバーでフリーズしていた。
「何だ、また辛いなら休んでおけ。」
固まる俺に何か硬くて太い鞭のようなものが伸びてきて、グイッと押された。
抵抗する余裕もなく、ぼふんっと俺は何かもふもふで温かいものに倒れ込む。
………………。
何だかわからないが、もふもふ柔らかいし温かいし、幸せだ。
「って!!そうじゃなくて!!」
思わずその心地よさに全身埋もれて堪能してしまったが、これが夢でなくて現実なら、もふもふで現実逃避している場合ではない。
「あのっ!!」
「何だ??」
「……助けて…下さったんですか……??食べないで??」
俺はおずおずとその巨大なもふもふに聞いた。
質問に答えようとこちらに向けられた顔は……怖い。
こんなもふもふ心地いい毛並みなのに、顔は怖い。
なんと言えば良いのだろう??
まぁ、素直な感想はモンスターだ。
ゲームなんかで見るモンスターだ。
近すぎて全体像が見えないのだが、いかにもモンスターって顔で俺を見ている。
「いや??そのうち食うつもりだが??」
「え?!食べるの?!なのに助けたの?!」
「お前の成分はこの世のものじゃない。だから興味がある。故に食うつもりだ。ただそれはいつでもいい話だ。お前が死んだら取り込んで解析しよう。」
とりあえず、いずれは食べるようだ。
ただ俺が死んでからと言うのだから、数日後なのかもっと長いのかよくわからない。
「……ええと、そのうち食べるとして……でも助けてくれたんですよね??」
「助けたと言えるのかはよくわからんが、お前の体はこの世に合っていなかったから、合うように少し足したり引いたりしたのは確かだな。どうだ、まだどこか苦しいか??」
「いえ…今の所、大丈夫そうです……。」
足したり引いたりとは一体、何なんだろう?!
怖かったので考えるのはやめた。
とにかく今は息苦しくもないし、体もだいたい思うように動かせる。
目も以前のように見えている様な感じだし、ひとまず、俺の生命と身体機能はこの世界に適応した状態にしてくれたようだ。
「……ありがとう…ございます…。」
俺はソレにお礼を言った。
腹のあたりに子猫でも抱くようにもふんと押し込まれているので、それがどういう生き物なのかよくわからない。
顔はモンスターだし、尻尾も何か恐竜か何かみたいだった。
異世界というのだから、こちらが思う生物ではありえないのだから仕方がない。
「お前は運がいい。我は以前、お前によく似た存在体を取り込んだことがあった故、お前の構造をだいたい理解していた。カナカに似ているのでカナカと構造を合わせるようにしてだな……。」
「ちょっと待って下さい!以前、人間を食った事があるんですか?!」
淡々と話すソレの言葉に俺はギョッとした。
別の方向を見ていたソレの顔がまた、ぐりんと俺の方に向けられた。
牙が怖い……。
「なるほど。お前たちはニンゲンというのだな。ちなみに前のニンゲンはお前と違って既に死んでいたからな。調べたらそこまで毒性もなかったので取り込んだ。」
「……何で食べたんですか…その方のご遺体を……。」
「我にとって役立つ。……お前はさっきからおかしな事を聞いてばかりだな??食う事が、取り込む事が、まるで悪い事の様に聞こえる。」
「それは……。」
「カナカなどのクエルは、食をする事で生きていける。食をしなければ死んでしまう。お前の体はクエルと同じで食さなければ死ぬ作りの様だったが、違うのか??」
「クエル……??」
「クエルと違い、ルアッハは食の他に吸収と同化ができるのだが、お前は何か食以外にできるのか??」
「……ルアッハ??」
よくわからない単語がさっきから出てくる。
何となく言いたい事はわかるし、カナカと言うのは人間みたいな意味なんだろうがクエルって何だ??
しかもルアッハって??食べる以外に吸収と同化が出来るってどういう事??
それの方も俺が理解できない事がよくわからないようだ。
お互い顔を向かい合わせ、頭に疑問符を浮かべている。
「なるほど……別のドルムとではかなり事情が違うようだな??」
「……そうみたいですね??」
獅子系の獰猛なモンスターの様な顔を、うむ、と言ってちょっと傾けた。
顔は怖いけど、慣れてきたせいか可愛い気がしてきた。
どうせいずれはこいつが食ってくれるんだし。
そう思うと妙なもので、それまで毎日ただただ仕事に行って遅くにくたびれて帰って寝るだけの日々の中で感じていた言い様のない不安と焦燥感は消え失せ、俺は妙な安心感に包まれゆったりした気持ちになったのだった。