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異世界恋愛事情

「……これは??」


記入済みの登録書と一緒にネルの出してくれた金属片みたいな物を出すと、受付のお兄さんが不思議そうな顔をした。

ちなみにお兄さん、顔が犬だ。

腕ももふもふしてるし、獣人だ~!!と心の中で感動する。

きょとんと光に翳してみたり、フンフン匂いを嗅いでいる。

……申し訳ないが、可愛い…。


「ええと……これなら直接、お金になると言われたのですが~。」


やはりたとえ価値のある金属でも、換金せずにいきなりは無理だったか。

俺は苦笑いを浮かべる。

ネルはと言うと、繋がっていた紐を外して商業許可所の中を好きに飛び回っている。

今は掲示板の前にいて、貼られている掲示物を熱心に読んでいてこちらには気づいていないようだった。

お兄さんがちらりと俺を見た。


「直接、取引できるって??」


「はい、そう言ってもらった物なのですが~。」


やはり駄目か~。

これでは不審な奴として認識されかねない。

ネルを呼んだ方がいいのだろうか……??

その間、犬顔のお兄さんは訝しげに俺と金属を見比べる。

そして少しの間の後、あっ!と声を上げた。


「ギムギムさ~ん!!ちょっと~!!」


そう受付から大きな声を後側にかける。

教務中の他のスーダーの皆さんが顔を上げ、そのうちの一人がこちらにやってきた。


「何だ?ノース??お前が私を呼ぶとは珍しい。」


やってきたのは小さなおじさん。

耳が尖っていて、多分、ゲーム的に言えばホビットか何かだろう。

小さくてもビシッとスーツを着こなし、片眼鏡をかけ、とても生真面目そうだった。


「この……えっと…コ…コーバーヤッシュ??さんが、これで登録したいって。」


「……ふむ、なるほど。」


おじさんはそう言われ、お兄さんから金属片を受け取る。

しばらく目をすぼめて見ていたが、やがて大きくその目が開かれた。


「これはっ!!」


おじさんが大きな声を出したので、俺はビクッとしてしまった。

しかし犬顔のお兄さんの方は、興味津々と言ったように、おじさんに食いつく。


「その反応!!本物ッスか?!」


「まだわからん!リーフスティー!!」


興奮気味の二人。

何だか騒ぎになって俺はどうしていいのかわからずオロオロするしかない。

おじさんが鋭く名前のようなものを呼ぶと、突然、スルリとおじさんの首周りに半透明の何かが現れた。

俺は驚いて目を見張った。


それはとてもヒレの美しい、蛇のようなタツノオトシゴのような、小さな龍みたいな何かだった。

どことなく海の生き物を思わせるそれが、スッと俺に顔を向けた後、ギムギムさんと呼ばれていた小さなおじさんを見つめる。


『どうしたの?ギムール?』


それが何か音を出した。

水の中で泡が弾けるような、そんな音。

なのに俺はそれが言葉である事を、その意味を、何故か理解できた。


「出てきてもらって悪いね、リーフスティー。これが何かわかるかい??」


ギムギムさんは自分の首に緩く巻き付いている半透明なそれに俺の渡した金属片を見せる。

半透明のそれは、多分ルアッハなのだと思う。

どうしてギムギムさんにひっついているのかはわからないけれど、お互いをも見る目がとても優しいので、二人の関係が好意的なのはよくわかった。

ゆらゆら揺れる大きなヒレが、虹色に揺らめいてとても綺麗だ。

リーフスティーと呼ばれているそのルアッハは、細長い顔を金属片に近づける。


『………え?これ、モリーアだわ?!』


驚いたようにそう呟く。

俺は首を傾げた。


「モリーア??」


その瞬間、クワッと犬顔のお兄さんことノース君とギムギムさんが凄い勢いで俺を見た。


「やっぱりモリーアなんスか?!これ?!」


「え?!知らないです!でも今、そのギムギムさんと一緒にいるルアッハさんが……。」


「なんと!!君はリーフスティーの言葉がわかるのかね?!」


「へ?!え?!」


『貴方…私の言葉の意味が聞こえるの…?!』


受付カウンター越しにジリジリ三人に詰め寄られ、俺は固まってしまった。

え?!何??どういう事だ?!

状況が読み込めない。

ただ悪い事に、騒ぎを聞きつけた周りの人や他の職員さんたちまで何だ何だとわらわら集まってくる。

よくわからないが大事になってきてしまった。


「君!本当にリーフスティーの言葉がわかるのかね?!」


「ええぇぇぇぇぇ~?!」


ギムギムさんの熱意がもの凄い。

穏やかな紳士みたいだったのに、今は食いつかんばかりにカウンターから身を乗り上げて俺に聞いてくる。

え??ちょっと待ってくれ?!

普通はわからないものなのか?!

だとしたら、なんで俺はわかるんだ?!


「……コーバーは言葉の音ではなく、意味を聞いておるからな。どんな言葉でも意味がわかる。」


「ネスト……!ネルっ!!」


わらわらと人が集まった上、ギムギムさんから猛烈に迫られてタジタジしていた俺の真上から、そんな声が聞こえた。

見上げると、騒ぎを聞きつけてネストルさんことネルがこちらに戻ってきていた。

そのまま、ぽふんっと俺の頭にひっついく。

ヤダ、ナニコレ…もふもふ可愛い……癒やされる……。

よくわからない状況にガチガチになっていた俺は、ネルのもふもふさ加減にほうっと安堵のため息を吐き出した。


「………意味を聞いている……。」


「それって、エチョ耳って事ッスか?!」


「エチョ耳……。」


またも訳のわからない単語が出てくる。

しかもエチョって何なんだ?!

俺は困惑して、頭に張り付いているネルを見上げた。


「そう、コーバーはエチョ耳だ。」


「いや、何なの??エチョ耳って??」


「エチョ耳と言うのは真実の耳だ。種族、地域等で違った言葉を話していたとしても、その言葉の音で判断するのではなく、その者が発している言葉の意味を聞く事が出来る耳だよ、コーバー君。」


『だから貴方は、クエルなのにルアッハである私の発した言葉を音ではなく意味として読みとっているの。……モリーアも持ってるし…もしかして貴方、クエル化したの??』


「え??」


「コーバーはクエル化したルアッハではない。元々からクエルだ。」


『そうなの?てっきりクエル化した元ルアッハかと……。クエルでは珍しい耳よ?私、エチョ耳のクエルなんて初めて出会ったもの、驚いたわ……。』


なるほど……。

何となく状況はわかった。

周囲に集まった人々も、モリーアとエチョ耳って事にざわざわしてる。

そりゃ周りの皆さんも驚きますよね?

変な金属片持ってるわ、どんな言語でも意味がわかるような耳をしてたら……。

なんで異世界から来た俺の耳がそんな珍しい耳になっているのかも何となくわかっていたので、俺は頭の上のネルをじとっと見上げた。


「……そんな事より、モリーアはお金として使えぬのか??」


ネルは俺の視線を無視して、ノース君とギムギムさんに聞いた。

ギムギムさんはリーフスティーさんと顔を見合わせ微笑み合うと俺とネルに視線を戻す。


「使えますよ。ただ、もうあまりに使われていない方法だったので、判別できるものが殆どいないというのが残念な事です。」


「なら、使えぬのか??」


「いえ、ここにはリーフスティーがおりますので可能です。でも今の時代、どこでもこの方法が取れるとは限りません。価値がわからず相手にされなかったり、逆に価値を知る者に対価以上をだまし取られたりされかねませんので、今後もモリーアを使われるのなら、先に換金所に行かれる事をお勧めしますね。」


ギムギムさんはそう言って微笑んだ。

それに続けてリーフスティーさんが真剣な声色で俺達に言った。


『今時はルアッハでもモリーアを知らない者もいるし、知っていても対価以上の損得を求める個体も増えてきたから、使うなら気をつけて。公共施設で正式に換金した方が安全よ。』


よくわかっていない俺にギムギムさんがモリーアの事を説明してくれた。

モリーアというのは、貨幣を持たないルアッハが人と取引をする際に使う物だそうだ。

不思議な力が宿る物で、クエルは金属として加工して武器や御守等にしたり、弱いルアッハがそれを取り込む事で力を上げたり傷を癒やしたり出来るらしい。

何だろう??ゲーム的には魔力を帯びた金属みたいな感じなのかな??

とりあえず、モリーアと言うネルが出してくれたものがお金として使える事はわかった。


「スゲー!!本物のモリーアだ!!」


「初めて見た!!」


「これ!どうなるんだ?!売りに出すのか?!出すなら買いたい!!」


「いや、先ずはうちで対価分を預って、多分、街長議会に報告してどうするか決めてから……。」


その間ノース君を始めとするギャラリーは、モリーアを見て盛り上がっていた。

ルアッハがクエルとの取引にモリーアを使っていたのはかなり前らしく、今はルアッハでもはじめから貨幣で取引する事が多いので、その存在は知られていても、皆、見たことが無いもののようだった。

何か騒ぎになっちゃったなぁと思いつつ、俺は頭の上にひっついているネルを持ち上げ腕の中に抱き直した。


「……その子がモリーアを?」


「あ、はい。」


ギムギムさんがクスッと笑ってネルを見つめた。

そしてちょっと他の人には聞こえないよう、声を潜め、俺に言った。


「こんなに小さいのにモリーアを知っていて、しかも出せると言う事は……ふふふっ。その子は見かけによらず、長生きで強いルアッハなんですね?」


「あ、あはは……。」


実はこの地域を守ってるアルバの森のマクモの影子なんですよ~とは言えない。

ネストルさんも素知らぬ振りで、尻尾を一定のリズムで動かしている。

足にそれが当たって痛い。

笑ってるけど騒ぎになったせいで機嫌が悪そうだ。


『ねぇ……貴方……。』


そんな中、リーフスティーさんがスルリとカウンターの上に移り、俺を見上げた。

水の中のベタみたいに綺麗で大きなヒレをゆらゆら揺らし、ちょっとはずかしげに間を置いた。


「何でしょう??」


『あの…あのね……。ギムールに……伝えて欲しい事があるの……。』


「はい、何でしょう??」


『………私も大好きよって。貴方が死ぬその時まで、一緒にいるわって……。』


ぽわんと赤くなりながら言ったリーフスティーさんの言葉に、俺の方がボンッと赤面してしまった。


え?!何ですかそれ?!

ちょっと待って?!

え?!この世界って、クエルとルアッハの恋愛、あるんですか?!

そういうの、ありなんですか?!


内心パニクる俺。

動揺する俺に反し、ネルは慣れた様にため息をついた。


「繋がって自分で伝えられぬのか?」


『見ての通り私は存在が希薄だし、アムだから、繋がっても単語程度の意味しか伝えられないわ。』


「なるほどな……。」


『私はルアッハだから彼の言っている事はわかるけど、それに答える術がないのよ。街に住むルアッハに頼むと、色々気恥ずかしいじゃない?だから先日彼が私に言ってくれた言葉の返事をして欲しいの……。』


親密そうだと思ったが、どうやらギムギムさんとリーフスティーさんはそういう関係らしい。

うわぁ~、異世界ロマンチックにいきなり巻き込まれるとは思わなかった……。

俺は手で顔を覆って赤くなってしまった。

でも、リーフスティーさんが見知らぬ俺達に勇気を出して頼んだんだ。

応えない訳にはいかんだろう!!


「……わかりました!お伝えします!」


俺が覚悟を決めてギムギムさんに呼びかけようとした時だった。


「………ンォェ……ンォェ……っ。」


「ネッ?!ネルゥ~ッ?!」


いきなり腕の中のネルが嘔吐き出した。

抱いていては苦しかろうと、俺は慌ててカウンターにネルを乗せて背中を擦る。


「ネル?!大丈夫か?!」


「オエーッ!!」


「ギャーッ!!ネルゥ~ッ!!」


どうしちゃったんだ?!

何か悪いものでも食べた?!

いや、特にネルは何も食べてないはずだ!!

え?!アルバの森を離れたから、体調、崩した?!

影子だから体が合わないのか?!


オロオロ狼狽える俺の目の前で、ネルはコロンと何かを吐き出した。

突然の騒ぎに、集まっていたギャラリーも心配そうに見守る中、ネルはそれを吐き出した。


「……え?!モリーア?!」


ネルが吐き出したのは、またもモリーアだった。

流石に2回も吐き出すと辛かったのか、ぐったりとその場に蹲ってしまう。


「ネル?!ネル!!大丈夫か?!なんでまたモリーアを出したんだ?!お金はもう大丈夫だよ?!」


「……コーバーに出したんじゃない。リーフスティーとか申したな??」


『え……??』


「これを取り込め。さすれば己で伝えられる様になろう。」


どうやらネルは、リーフスティーさんが直接、ギムギムさんに言葉を伝えられる様にする為、モリーアを出したらしい。

うっわ、さすがはアルバの森のマクモ、男前すぎる。

出されたモリーアを前に、リーフスティーさんが目を丸くして固まっている。

あ、いきなり吐き出したものを取り込めとか言われても引くよね?!

俺はハンカチを出してモリーアを拭いてからリーフスティーさんに差し出した。


「どうぞ。」


『………いけません!この様な価値のある物を何の対価もなく分けて頂く事などできません!!』


「良いから、さっさと取り込むのだ。」


『ですが……!!』


どうやらリーフスティーさんは吐いたものだから戸惑っていたのではなく、それがリーフスティーさんにとって何の対価もなくもらうには身に余るものだから躊躇していたらしい。

気にしないで取り込めとネルは言っているし、自分を顧みずにモリーアを出したこの男気を無下にするのは同じ男として頂けない。


「リーフスティーさん。」


『はい……。』


「取り込んで上げて下さい。ネルの心意気を、どうか無駄にしないでやって下さい。」


『ですが……!!』


「……俺もね、ネルがモリーアを出してくれた時、受け取れないって言ったんです。そうしたらネルは、善意や好意はありがたく受け取ればいいって。その善意や好意は、いつか誰かに返せばいいって言ってくれたんです。」


「コーバー、おしゃべりがすぎるぞ……。」


ネルは照れて体を縮めてしまった。

ヤダ何?!こんな所でごめん寝とかしないで下さいよ!!

思わぬ萌えの供給に、鼻息が荒くなりかける。

いやいかん、今はリーフスティーさんの事が先だ。


「ネルの好意に甘えて下さい、リーフスティーさん。それに恩義を感じたなら、いつか誰かが困っていたら、その時、リーフスティーさんが助けて上げて下さい。それで良いんだよね?ネル??」


「………みなまで言わせるな…それでいい……。」


プシューと湯気でも出そうな感じでネルは照れている。

可愛い、可愛すぎる……。

大きいネストルさんがやっていると格好良いことでも、小さな影子のネルがやるとめちゃくちゃ可愛すぎる。

萌えポイントの近い人たちは、俺と一緒になって、ネルにハートを撃ち抜かれてぽややんと幸せに包まれていた。


『……わかりました。ありがたく取り込ませて頂きます……。』


リーフスティーさんはそう言うと、スルリと近づいて鼻先でチョンっとモリーアを突いた。


その瞬間、これぞ異世界といった感じでふわっとした光が瞬いた。


白い虹が出た時の様な、幻想的な光景。

その場にいた人、全員がその奇跡を見ていた。


パシャンっと澄んだ水から美しい精霊が跳ね上がったように、淡い光の中からリーフスティーさんが飛び跳ねた。

その体はもう半透明ではなく、白く虹色に輝く姿をしていた。


「リーフスティーッ!!」


ギムギムさんがそう叫んで駆け寄る。

リーフスティーさんも嬉しそうにギムギムさんの首元に巻き付いた。


『ギムール!!』


そしてまた、泡が弾けるような音を出す。


言葉は、変わらなかった。

歓喜するギムギムさんに反し、リーフスティーさんは落胆の色を見せる。


『……言葉は……変わらないのね……。これじゃ伝えられないわ……。』


せっかくモリーアを取り込んだのに、言葉が変わらなかった。

予想外の展開に、俺はどうすればいいのかわからない。


「……秘密の話をするのに、他人にまで聞かせる必要はなかろう。繋がって軽く融合すれば良いだけだ。今度は単語ではなく、会話が出来よう。」


もぞっと顔を起こし、ネルが言った。

そうか、そうすれば今までのように単語ではなく会話ができるのか!

恋人同士の会話なら、むしろ周りに聞かれずお互いさえわかる方が都合が良いもんな。


俺はニコッとリーフスティーさんに笑いかけた。

リーフスティーさんもほっとした顔をしている。


『ギムールに、繋がって話したいと言ってもらっても?』


「良いですよ、お安い御用です。」


俺はそれからギムギムさんにリーフスティーさんが繋がって話がしたいと言っている事を伝えた。

ギムギムさんが喜んで了承すると、リーフスティーさんのヒレの一部が細長く伸び、まるで手を繋ぐようにギムギムさんの手と繋がった。


『………聞こえる?ギムール??』


「!!聞こえる!!君の言っている事がわかるよ!!リーフスティー!!」


繋がったギムギムさんはリーフスティーさんの泡のような音を意味として理解できるようになり、感動していた。


『……この間、貴方が言ってくれた事の返事を聞いて欲しいの……。』


「もちろんだよ!リーフスティー!」


『………私も…私も大好きよ……。私はルアッハだから貴方の傍らにいる事しか出来ないけれど……それでも良いなら、貴方が死ぬまで、ずっと側にいるわ……。』


「リーフスティー!!」


あ~、何か感動だ~。

でもエチョ耳って便利なんだか何なんだか~。

この会話を聞こえてしまっているというのは、ちょっと良心が痛むんですけど~。


俺はやっと言葉の壁を乗り越えたクエルとルアッハのカップルのラブラブっぷりに当てられながら、複雑な気持ちでいた。

言葉の意味はわからないが、ずっと二人を見守り続けてきた周囲の人は状況を察して拍手したり、お祝いの言葉を述べたりしている。


そんな中、ノース君が物凄く複雑な表情で手を拭いていた。


「あの~、コーバーさん……。」


「はい??」


「このモリーアも…、さっきみたいにネルちゃんが、オエーってしたものなんスか……??」


「あ、はい。そうですけど??」


「やっぱそうッスよね~。うわ~触っちゃった~。」


ギムギムさんとリーフスティーさんの幸せな光景をよそに、半泣きになりながら手をゴシゴシ拭くノース君。

そんな姿に俺は思わず笑ってしまったのだった。

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