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優しさの循環

ネルはあれから照れてしまって、もふんと俺に抱っこされて黙っている。

そりゃ、自分が脅して取ってしまっていたと思っていたら、事の外、自分が愛されていた上、また来ないかと待ち焦がれられていたと知ったら言葉も出ないだろう。


でもですね、ネストルさん。

そうやって小さい姿でおとなしく俺に抱っこされているというのも、めちゃくちゃ罪深いんですよ?!

案の定、大通りを進んでいく間も「あら?!」とか思わず声を上げて、キラキラした目でネルを二度見三度見してくる人がちらほらいる。

そりゃ、こんな可愛いのがおとなしく抱っこされて歩いていたら、嬉々として振り返りますよね、わかります。

大きい時は怖かった顔の牙も、小さくなると何かアクセントになって可愛すぎる。

俺はそんなネルを抱えて、意気揚々と歩いていた。


だが、問題が起こった。


「……しまった、登録料が必要だ……。」


検問の人に教えてもらった通り商業許可所で申請書を書こうとしていたところ、書類を出すのに登録料が必要な事がわかった。

考えてみれば当然だ。

どんな商売を始めるにしても、そう言った先行投資ではないが、始める為に必要なお金がいるものだ。


「うわ~、盲点だった……。でも考えてみれば、街の入街料や通行料が取られなかっただけでも幸運だったんだよなぁ……。」


俺が書類を書きながら手で顔を覆うと、紐で俺と繋がった状態でパタパタ飛んでいたネルが机にぽてんっと座り、書類をのぞき込んできた。

うぅ、そういう無自覚に可愛いのやめてください…鼻血が出そうです……。

これ以上、ネストルさんにも周囲にも手に負えない変人だと思われたくない……。


「何だ?対価がかかるのか??」


「うん。」


ちなみに俺が今、書類をかけたり読めたりするのは、ネストルさんと俺が軽く融合しているからだ。

俺とネルが繋がってる紐は、飼い主がペットを繋いでいる物のようだが、実際は紐に見せているだけでネルの一部分だ。

それを通じて、俺は見たものをネルの知識の一部を使って読み、同じようにして書いている。


「……おかしいな?我が街を築く条件に、不当に対価を求めず、誰でも自由に街を利用できる事を上げてあるのだが??」


「あ~、それで入街料も通行料も取られなかったのか……。」


「うむ……これは我から街の代表に言わねばならぬな……。」


ネストルさんは小さなネルの姿で、難しそうに顔を顰めた。

いやわかるんですけど……。

何なの?このアンバランスな可愛さは?!

小さいのに大人ぶってるみたいで、可愛すぎる。


しかし、今は商業登録の事に集中しなければ。

俺は考え込むネルに言った。


「それは駄目だよ、ネル。」


「何故だ??」


俺の言葉に不思議そうにネルは首を傾げる。

ちょっとその可愛さに失神しかけたが何とか堪える。

そして自分の考えを伝えた。


「商売をするっていうのは、売る側と買う側の取引だ。当然、揉め事だって起こる。登録して商売を管理しているというのは、そう言った揉め事の仲裁者がいるって事だ。つまり、仲裁を仕事としている人がいる。対価を払うのは当然だ。」


「何故、仲裁をする者が必要なのだ??当事者同士でやれば良かろう??」


しかしネルもネルで自分の考えを述べる。

何がおかしいのかはっきりさせたいのだ。

俺は続けた。


「それも違う。揉め事が起こっても、当人同士での話し合いだと感情的になって更に悪化しかねないけど、第三者がお互いの話を聞いて公平に判断した方が上手く行くだろ?それにもしも商売を管理する人がいなかったら、皆、勝手に物を売り出す。どんなインチキなものでも許されるし、どんな場所で行おうと許されるし、どんな時間に売ろうと許される。そうなったら、街としてはどうなる?」


「………そこここで揉め事が起こりそうだな?それによって治安も行き届かなくなりそうだ……。」


「うん。だからはじめからルールを作って、それを守っているか管理する事で揉め事が起こらないようにするんだ。」


「………なるほど。」


「こっちだってきちんとルールを守っていれば、商売をする上で変ないいががりをつけられる事から保護される。自分が客だと言う事を盾に文句を言うおかしな客ほど厄介な商売の敵はいないからね。そしてそれを仕事としている人がいるんだ。だから商売をするなら、きちんとその対価を払うべきだ。」


「なるほど、よくわかった。」


ネルは納得したようで、こくんと大きく頷いた。

俺もそれに頷き返す。


「この街は入街料も通行料も取っていない。だとすると治安維持なんかのお金は徴収する税で賄われているんだと思う。その税収入の一角は商業者が担っていると思うよ。そう言った税金も多分この商業許可所が、売上に応じて徴収した分から全体の分としてまとめて払ってくれていると思う。だからちゃんと登録して、求められる対価は払わないとね。」


「そうか……商売を管理する以外にも街の維持には様々な面でお金がかかるのだな……。この様に大きな街ともなると、村などとは違い、善意で皆が皆、自衛の一環として協力して街を守ると言う仕組みでは治安管理が間に合わぬ……。だからそこに仕事として治安管理をするものを噛ませる事で、全体を維持する必要があるのか……。」


「その他にも衛生管理なんかもあるしね。だから確かに何でもかんでも使用料なんかを取ってしまうと、誰でも自由にって感じじゃなくなるし、取られる側と取る側のバランスがおかしくなって貧富の差が生まれたりするけど、何かをする上でお金を取ることは、全てが悪い事ではないと思うよ?」


「うむ……コーバーの言う通りだな……。我はスーダーの街の事を、お金の事を、何も理解できていなかったのかもしれぬ……。」


ネストルさんはうむ…と唸って考え込んだ。

この人は本当、優しい上に思慮深い。

俺はにこりと微笑んで、ネルのふかふかな胸毛をなでた。


「ふふっ、まだこの街に来たばかりだから何とも言えないけど、それでも、この街は綺麗だし、治安も悪くなさそうだし、いい人が多そうなのは、ネスト……いや、ネルがこの街を作る条件に、不当に対価を取る事を禁じているからだと思うよ?だから皆、一生懸命考えて、必要な部分で必要な分だけ、それが払えるもの・払う必要のあるものにだけ請求する形になっているんじゃないかな??」


「………だと、良いのだが……。我が決めた決まりのせいで、ひもじい思いをしている者がいなければ良いのだが……。」


俺がそう言っても、ネストルさんは一生懸命街の事を、ここに住まうスーダーの事を考えていた。

こんなに思慮深く優しい統治者に守られているなんて、この地域に住まう者は本当に幸せだと思う。

俺は思わずきゅっとネルを抱きしめた。


「……やっぱりネルは優しいね。俺の思った通り、アルバの森のマクモが守りし土地に住む者は幸せだよ。その証拠にアルバの主は愛されてるんだ。この街のスーダー達に。」


「……………。」


ネルは、ネストルさんは何も言わなかった。

この人はどうしてこんなにも周りに優しいのだろう??

俺の事だって、放っておいて死んでから取り込んだって誰も責める者なんていないのに、何度も何度も助けてくれた。

今だって、俺の事を大事にしてくれている。


「……と、とりあえずだな、コーバー……。」


だんだん照れくさくなってきたのか、コホンと咳払いをして、ネストルさんは言った。

俺も抱きしめてなでなでするのをやめて、体を離して向かい合う。


「登録料が必要なのだな??」


「そうですね??」


「わかった、しばし待て。」


俺はその言葉にキョトンとした。

だが固まって動かないネルを見て、ハッとする。


いや!お金の複製はマズいですよ!ネストルさんっ!!


声に出す訳にもいかず、オロオロする。

そんな俺の目の前で、ネルは毛玉を吐く猫よろしくオエーと吐いた。

ゔ……いつもの人間ポンプみたいなペッて感じじゃなく、苦しそうで見ていて辛い。


「ネル~!そんな辛い思いをして吐き出さなくても!!」


「……しかし、必要なのだろう??」


「そこまでしなくても~!!」


思わず半泣きになりかける俺に、ネルは近づくなと軽く威嚇してくる。

まぁ、吐いた後にベタベタされたくないよね……、わかってる……。

仕方なくネルが吐き出した物の方に目を向けると、お金ではなくて、何かの鉱物だった。


「………??これは??」


「我の記憶では、それは換金などしなくても、重さでそのままお金として使えるはずなのだが……昔の話だしな?今はどうであるかわからない。」


「うぅ、ネスト……いや、ネルに頼らずにきちんと自分で全部やるつもりだったのに……結局、ネルに頼る形になってごめんなさい……。」


「気にするでない。善意や好意はありがたく受け止め、いつか自分が誰かに返せば良いのだと教えられた。コーバーもそうすればいい。」


「ふふっ、ペイ・オブ・フォワードですか??」


「ペイ……??何だ?それは??」


「ふふふっ、こっちの話です。ありがとうございます。ではそうします。」


俺はその小さな金属の塊みたいなものをハンカチに乗せた。

何かネストルさんのその言葉が、どうしてこんなにもネストルさんが優しいのかの答えのように思えた。


誰がそれをネストルさんに言ったのだろう?


少しだけ気になった。

ネストルさんの優しさの元になった誰か。


その人からもらった優しさを、今度はネストルさんが俺にくれた。

何かそういうの、元の世界では忘れていた。

思い出す暇もなかったし、日々、その日を過ごすので精一杯だった。

何の味気もない日々。

だからこそ、日々、ネストルさんがくれる優しさが俺の中に深く染みる。


そう思うと、あの味気ない日々にも意味があったのかもな、なんて事を思った。

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