鼓動
アッセマイン邸は寒々しいところだった。綺麗に掃除され、きちんと飾り付けられているが、男の使用人が数人居るだけだ。イザベラの女中ふたりは、使用人用の部屋へひっこんだ。
イザベラはその晩をのりきった。馬車内で頭をよぎったようなおそろしいことは起こらなかったが、それに匹敵するようなことはあった。イザベラは縮み上がり、ショーンは機嫌を悪くした。夫婦ならばすることだと云われても、こわいのにかわりはない。
翌朝、イザベラは体を清め、頭痛に顔をしかめていた。「おはよう、イザベラ」
「おはようございます」
ショーンは食卓についていたが、あとから這入ってきたイザベラの為に席を立ち、椅子をひいてくれた。イザベラが席に着くと、彼女の頬に軽く口付けてから席へ戻る。
「あれからよく眠れた?」
「……はい」
まどろむ程度だったが、眠れたことは眠れた。だからそう答える。彼にたてつくというのは、彼の名誉を損なうということも含まれているだろう。
ショーンは嬉しそうに頷く。
「商用があるから、予定よりも遅くなってしまうが、来月にはアッセマイン領へ戻る。必要なものはあるかい? 手配しよう」
「はい……」イザベラは伏せていた顔を上げる。「あの、ショーン、アンの」
「君が買いものに行く必要はないからね。また頭痛を起こしたのだろう?」
どうして彼にはわたしの体調がわかるのかしら、とイザベラは思う。それから、ショーンに対して頷いた。夫は満足そうだった。アンのことが気になるから会いに行きたい、とは、云えなかった。
ショーンは仕事ででかけていることが多く、イザベラは邸でじっとしていた。夫婦の義務はこなしていたし、慣れればそう怯える必要はないということも理解した。理解はしたが、怯えはなかなか去らなかった。
「お前はいつだってびくついているな」
ショーンは不機嫌だ。化粧着をひっかけ、ベッドに腰掛けている。イザベラは毛布にくるまってまるくなっていた。自分がアンのような逃避行動をとるとは思ってもみなかった。
「だから女はきらいなんだ。切羽詰まらなくちゃ、結婚なんてしない」
ショーンは吐き捨て、化粧室へ這入っていった。イザベラはその言葉を頭のなかで繰り返す。彼はなにかしら、不道徳な行動をしているのだろうか。女はきらいというのは、女でなくばよいという意味だろうか。
彼は化粧室から戻ってくると、イザベラの隣に体を横たえた。無遠慮にイザベラの体を抱き寄せる。
「ショーン」
「文句は聴きたくない」
「……あなたはどうして、わたしと結婚したの」
ショーンは身動ぎし、肘で体を支えた。「お前が従順そうだったからだ。俺は忌々しい弟達に、サイプレス家の資産をほんのわずかでもやるつもりはない。だから結婚して、子どもをつくろうと思った。しかし、着飾って遊びまわるような妻だってほしくない」
妥協だよと夫は云い捨てて、体を伏せる。抱き寄せられ、その激しい心音を耳に感じながら、イザベラは眠った。彼の心音は、落ち着いているとは云いがたかった。