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侯爵の裏の顔  作者: 刀洞 やや
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尊い魂




 アンはシャーロットの娘と思えないくらいに気持ちのいい、優しい子で、イザベラがこの家を出て行かないのは最終的には彼女の為だった。

 アンはひとと話すのが苦手でひどく優しく、勿論嫁き遅れの・軍人の娘の・一文無しのイザベラを見下すことはない。キリスト教精神にあふれた子で、シャーロットと血がつながっているのかをイザベラは幾度となく疑った。冒瀆的な意味ではない。イザベラの考えは、アンはシャーロットを母として生まれたが、実際には(しゅ)のつかわした尊い魂なのだろうと云うことだ。


「ごめんなさい、イザベラ」

 そのアン、尊い魂を持ったはずかしがりやの可愛らしい娘は、ベッドの上でまるくなっている。彼女は耐えがたいなにかが起こると、そのような行動をよくとった。

「あの……わたし、知らなかったの。本当よ。意地悪であなたのことを云ったのじゃないわ」

「ええ、アン、勿論わかってますとも」

 イザベラはそう答えてから、今の自分の云いかたはまるで彼女を責めているみたいだと思った。可哀相なアンは、シャーロットの被害者じゃないの。母親の趣味の悪い言動に付き合わされて、こんなにも萎縮して。


 イザベラはベッドに近付いていって、うすい毛布にくるまっているアンのせなかを、軽く叩いた。アンは泣くような声を出す。

「あなたに一緒に居てほしいの。こわくてたまらないのよ。わたし、わたし……」

「ええ」

「男のひとと話すなんて、できないわ」

 イザベラは呻きそうになるのをこらえた。アンが男性と話す! たしかにそれは無理そうだ。彼女を侮辱しているのではない。アンはあまりにも清らかで、世俗的な物事には疎い。それだけだ。


 イザベラはベッドの端に軽く腰掛けると、アンのせなかをリズミカルに叩いた。「大丈夫よ、アン。いずれできるようになるわ。あなたを赤面させない男性がどこかに居るでしょうから」

「ほんとう?」

「本当よ。わたしだって昔は、庭師と話すことさえできなかったわ」

 ここに来てからは、そんなことは云っていられなくなったけれど。

 アンは落ち着いたのか、毛布から顔を出し、微笑んだ。イザベラも微笑みをうかべ、ぼさぼさになったアンの髪を手櫛で整える。わたしのことはどうでもいい。彼女をなんとかしなくては。シャーロットの思惑はわかっている。高位の男性と、娘を縁付かせたいのだろう。アンがその難行をこなせるかしら? こんなにも純真で、なんにだって怯えている子が?







 シャーロットはわがままだし、なんにせよ物事を性急にすすめたがるきらいがあった。娘のアンがびくついているのもおかまいなしで、あたらしいドレスや宝飾品を手配し、()()()()()()()イザベラにはお下がりのドレスや下着を数着くれた。


 イザベラは肩の幅や腰回りの調整を、数日かけて、あき時間にこつこつとこなした。シャーロットは不格好に細い体をしている。ご本人はそれがご自慢らしいが、力仕事でもこなしてきたイザベラにはシャーロットのお下がりは肩幅がせますぎ、袖が細すぎ、腰も布地が足りなかった。なにを食べていたらこんなに細い体なのかしら、とイザベラは度々、不思議に思ったが、なんのことはない。シャーロットは食事を成る丈とらないのだ。彼女が失神し、使用人達で慌ててくだものの蜜煮を運んだのが正確に何度だったか、もうわからない。数え切れないくらいの回数であることは確実だ。


 イザベラは生地がかたい、古びたドレスをなんとか見られるくらいにはした。

 はやり廃りにくわしくはないが、着飾ることに執着しているシャーロットのお下がりだけあって、濃いグリーンのドレスも淡いブルーのドレスも、灰色のドレスも、趣味はよかった。庭仕事でうっすら日に焼けた顔が目立たないかもしれないし、頻繁に水に触れるせいでかさついた手もこの袖丈なら気になるまい。

 女にしては身長が高いのはどうしようもないことだった。こればかりは、ごまかすことはできない。もっとも、わたしの身長に気をとられる男性が居るとも思えないけれど、と、イザベラは皮肉っぽく考える。どちらにせよわたしは、デビューする訳じゃない。正確には介添人ですらないのよ。




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