尊い魂は高邁な精神に
十日ぶりに会ったアンは、元気そうだった。噂を聴いてしょげかえっているのではと不安だったイザベラは、彼女を見てほっとした。
「アン」
「イザベラ、よかった、元気そうね。ねえ、これ、贈りもの」
アンは女中に本を持ってこさせ、イザベラの手に握らせる。「わたしと、お友達と、その詩人仲間とで出した本なの」
「あら……素敵ね……」
イザベラが本を膝に置くと、アンはイザベラの気持ちを察したようで、先んじて云った。
「イザベラ、わたしの噂のことなら気にしないで」
「アン」
「大丈夫。いやなことを云うひとは居ないわ。お友達がまもってくれてる」アンは微笑む。「わたしはお母さまに似た体型だから、お母さまとわたしを同時に見たひとはあんな噂信じないわ。それよりも、お母さまが迷惑をかけて、ごめんなさい」
アンはいつの間にか、おどおどした少女から立派な淑女に成長していたようだ。イザベラの手をとって真剣にわびる様子は、もう内気ですぐ赤面するアンではなかった。
アンは、くわしいことの経緯を知っているようだ。シャーロットが無給でイザベラを働かせていたことも知っていて、それも謝ってくれた。「これからは、わたしがきちんとお母さまと向き合うから」
「……ええ」
「だから、わたしにちょっと汚名があるくらいは、仕方がないのよ。お母さまのまいた種だもの」
それは、理屈は通っているのかもしれないが、イザベラは納得できなかった。
夫の云ったとおり、噂の出所はシャーロットだった。アンにまでその噂が波及していると知って、彼女は慌てて嘘を認め、結果的に社交界からはつまはじきにされている。領地に戻って家財の整理をはじめたそうだ。借金を返すには、多くのものを売らないといけない。
アンは、フィリップス邸に戻っている。彼女はロンドンの水があったようで、友人達を得、詩を発表して話題になっていた。話題になるのは、半分くらいは例の噂の所為だ。だが、アンはそれを気にしていないらしい。
「わたし、働こうかと思っているの」
「え?」
思いがけない言葉に、イザベラはアンをまじまじと見詰めた。アンは真剣な表情だ。
「あなたが教えてくれたから、初歩的なものだけれどフランス語とイタリア語はできるし、計算も得意よ。まだまだ、勉強すればもっとできるようになる。だから、ミスタ・フィリップスのお手伝いをするかもしれないわ」
「アン、大丈夫なの?」
「平気」
アンはにっこりしてから、苦笑いになる。「どうしてかしら。お母さまにあれこれ云われるの、自分で考えなくていいから楽だったの。でも、それがなくなったら、いろんなことをやりたいと思うようになって、わたし、毎日楽しいのよ」