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侯爵の裏の顔  作者: 刀洞 やや
14/16

口に出して




「酷いです、あなた」

 イザベラは泣いていた。馬車のなかだ。結局、競馬どころではなくなってしまった。彼の伯母にも会っていない。

 イザベラは怒りで体が震えている。シャーロットを非難するのはかまわないが、アンの名誉をけがした夫が、彼女はゆるせなかった。

 しかし、夫は恬然としている。

「ああいうのを自業自得と云うんだ」

「なにを」

「イザベラ」夫は威厳のある声を出した。「君が子どもをうんだことがあるなんて、誰が云いだしたと思っている?」

「それは……」

 実際のところ、ショーンは子どもを欲している。弟に爵位が渡らないように。

 だが、たしかに、だからといって一回子どもをうんだことのある女性をめとったのだと一足飛びに噂がひろまるのはおかしい。イザベラが結婚適齢期を遥かに過ぎているのは事実だが、だからといってそれが不道徳な行為の結果だと決めてかかるのも変だ。

 ショーンは脚を組み、面白くなそうに鼻を鳴らした。

「お前の親戚は救いがたいな。フィリップス邸に娘を預けたのは、俺がフィリップスと仕事をしているからだ」

「え?」

「あのはにかみ屋の、初々しいお嬢さんを、どうにかして俺と縁づけようとしたんだよ」

 実に不快そうに云って、ショーンはもう一度鼻を鳴らした。


 しばらくのち、盛大な舌打ちが聴こえる。呆然としていたイザベラは、それで我に返った。

「トリークル・イザベラ、話を聴いているか」

「あ……はい」

「君の呪われた親戚はフィリップスを利用してわたしをはめようとした。彼女のあの格好を見たか? 嘆かわしい。ヒータネル卿が借金で首がまわらなくなっているのはもうわたしの耳にもはいっている」

 もう一度衝撃があって、イザベラは口をぱくつかせる。







 ショーンは続ける。

「俺だってひとの子だ。親が子どもに愛情を注ぐのが普通だというのはわかってる。うちの親はそうでもなかったが。俺や弟達よりも酒と賭けごとを愛していたし、長男の俺は母親がふとる原因になった大罪人だからな。抱いてもらったことすらない」

 彼の声には悔しさがにじんでいた。イザベラはひっこんでいた涙がまた、頬を伝って、動揺する。

「しかし世間一般では、親は子どもを思うものなのだろう。だからヒータネル卿と夫人が、娘に精一杯いい縁をと願って俺に近付いてきたのなら、ここまで侮辱するようなことを口にしない。あいつらは邪気のない娘をつかって俺の財産を横取りしようとした。借金を帳消しにする為に娘を売ろうとした。事実はそれだ」

「でも……でも」

「ところが、俺はひょろひょろした若木のような娘っ子じゃなく、お前に求婚した。それであの忌々しい女は、お前が妊娠したことがあるなどと……俺なら確実に嘘だとわかるが、そんなことを吹聴してまわる訳にもいかない。外でけがらわしい噂を聴かせたくないから、成る丈外出しなくてすむようにと気を配っていたのに、お前は忌々しい嘘を吹聴する女の娘に会いたいなぞと云う。俺が居るのにどうしてあの娘ばかり」

 イザベラは息をのんだ。「シャーロット達へのあてつけでわたしに求婚したんですか」

「違う!」

 夫は侮辱されたと感じたようで、大声で否定した。顔が赤くなっている。

「なにを勘違いしている? 俺は……ああ、もう、こういう厄介な思いを抱えるのはいやだったんだ。イザベラ、俺の誓いの言葉に偽りはない。これで充分だろう?」

 誓い……彼が云っているのは、結婚式での誓いのことだろうか。


 では彼はわたしを愛しているというの?


 イザベラが納得した様子ではなかったからだろう。ショーンはまたしても、かんしゃくを起こした。

「だから女はきらいだ。宝石だのドレスだのを与えられないと愛されているとわからない!」

「そんなことはありません」イザベラは冷静に云い返した。「あなたはわたしに愛してると云っていません」

「誓った」

「誓いとは違う言葉をもらっていないわ」

 ショーンはイザベラがそこまで食い下がると思わなかったのだろう。唖然としている。

 馬車が角を曲がった。車体が揺れ、動揺していたのか彼は座席から滑りおちた。そのまま、イザベラの前にひざまずくような格好になった。

「……イザベラ」

「はい、アッセマイン卿」

 居心地の悪い沈黙があったが、イザベラには美徳があった。彼女は辛抱強い。

 結局、夫は根負けした。

「俺はお前を愛している。これでいいか」

 イザベラは首をすくめた。頭痛はいつの間にか、治っていた。




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