純喫茶まおうⅡ一杯の珈琲をどうぞ
「紅蓮よ、珈琲を淹れるのじゃろう?」
「そ、そうですわ、では淹れて来て下さる?」
「う、うんもちろんだよ」
「では若君お頼みします」
マズイ事を聞かれたと思いきや、抱悶はすんなり紅蓮に給仕を促したので二人はホッとした。シューネは澄ました顔で黙って血を拭く。
ー調理室。
「珈琲がポコポコする奴は此処に置いてあるのか?」
「うんそうだよ」
「紅蓮、キスしてやろうぞしゃがめ。んーーーっ」
抱悶は二人きりになると突然目を閉じ唇を尖らせて突き出した。
「ごめん抱悶ちゃん、急展開過ぎて訳が分からないよ!」
「そなたワシの事が好きなのであろう? 心配せずとも良いぞ、ファーストキスじゃ!」
片眼を開けた抱悶はまだ唇を突き出している。
「うっ……そうだけど、急に何で!?」
「他でも無いわ、ワシのファーストキスを献上する故、貴様には奴の珈琲に致○性の毒劇物を混入して欲しいのじゃ! んーーっ」
紅蓮は雷に打たれた様に衝撃を受けた。
「抱悶ちゃん11歳ぐらいなのにファーストキスと交換で毒劇物混入を要求するなんて、魔性の女過ぎて僕怖いよ……でも、プロの専属バリスタとしてそれは出来ない。本当にごめん」
(奴も一応身内だし)
紅蓮はカ○城のル○ンの様に抱き締める寸前で腕を離し泣きながら顔を背けた。
「意気地なしじゃのぅバリスタなど就任して数日じゃろうに」
彼女はキス体勢を解除した。
「抱悶ちゃんが将来素敵なレィディに成長したらその時はちゃんと告白する……」
「依世はどうするんじゃ?」
「安心して二人同時に愛するから! 依世も当然分かってくれると思うし」
「お主バカじゃろ? して何なら実行可能なのじゃ?」
紅蓮は珈琲をセットしつつ、しばし黙って熟考した。
カチャッカチャッポコポコ……
しばらくしてようやく口を開く。
「珈琲の中に健康を害さない程度の塩と醤油とマスタードを入れる程度なら。プロバリスタとしてギリギリの譲歩だよ」
「お主……それは召集令状が来た時の奴ではないか、可愛い顔をして恐ろしい奴よ。よかろうそれでお出しせい」
「う、うん」
魔性の女抱悶ちゃんに嫌われたくない、その一心で紅蓮は恐ろしい事に手を染めたので御座います。
珈琲が完成した。
「粗珈琲に御座りまする」
澄ました顔をした抱悶ちゃんが銀盆に乗せて運んで来た珈琲をテーブルに置いた。
カチャッ
その後ろでは紅蓮が緊張して立ち尽くしている。
「おお有難う名も無き近所のお子様よ。美味しそうな珈琲だ」
(くくくさぁ早う飲め、のたうち回るのじゃ)
皆が注目する中、貴城乃シューネはコーヒーカップを持ち上げ、依世が起きて来る事も無く瑠璃ィも飛んでくる事も無く砂緒や他の誰の何の邪魔も全く無く、彼は多少よどんだ琥珀色の液体を一気に口元に運んだ。
ぐびっどろろんズズズ……
(ごくり、さぁ血相を変えて吹き出すのじゃくくく)
抱悶は銀盆を握りしめてほくそ笑んだ。
こくこくごくり
「うむ、上手い! おかわり!!」
飲み干すと満面の笑顔になったシューネは、パースが付く程に大きく片手を突き出しもう一杯を要求して来た。
「え?」
「……」
(思ってたのと違うのじゃ)
抱悶と紅蓮は予想の絵と全く違いあっけに取られる。
「あら抱悶ちゃん紅蓮くん良かったじゃない! さぁさお代わりですわっ」
七華に促され、二人は黙ったまま調理室に戻った。
「な、何じゃあのバカ舌は? どうするのじゃ?」
「ハァハァ、僕は多少臆病だったかも知れない。もう少しだけ醤油を足そう」
「ごくり……ぬしも男になったのぅ」
そして二杯目の珈琲は完成し、シューネの元に運ばれた。
「どうぞなのじゃーくすっ」
はにかみながらまた給仕する抱悶。
「ふふ可愛いお子様ですね、どうも有難う」
何の躊躇もする事無く、シューネは二杯目に行った。
ごきゅっ
「!!??」
ごきゅごきゅ……
一杯目よりは多少時間を掛けて味わいながら飲むシューネ。
「うむ……大変美味しゅうござった。ではもう一杯所望いたそうぞ」
ピシャーンッ!!
抱悶と紅蓮の心の中に激しい雷鳴が轟いた。
「紅蓮くん? 抱悶ちゃん、大急ぎで三杯目をお頼みしますわ!」
「……はい」
「……」
ー三度調理室。
「抱悶ちゃん、僕はもう限界突破するよ! ハァーーーッッ!!」
「す、凄い紅蓮が輝いておるわっ!?」
シュゴーッ!
呆然自失のまま調理室に戻った二人は遂に限界を突破して三杯目を淹れ終わり再び戻って来た。
「ど、どうぞ粗珈琲にござりまする」
「うむ」




